私、足利義満の娘・智子です。
将軍となった兄・義教は儀礼の形式や訴訟手続きなどを父・義満の時代のものに戻しました。
義教が目指すは父以上の将軍親政だったのです。
また管領の権力を抑え自らが行なう策を打ち出します。
さらに義教は裁判の際に審理を判断する方法として湯起請を用いました。
仕組んだとはいえ、くじ引きの神意で後継ぎとなった義教ならではと思います。
さらに将軍直属の軍・奉公衆を強化しました。
日野義資殿の所領を没取した義教は正室の宗子殿との間に女の子が誕生していました。
しかし、先の義資殿の所領没取の件もあり夫婦仲は良くなかったようです。
義教が将軍権力を強めている頃、私は京を離れ関東へ行きました。
目的は鎌倉公方の様子を直に見ることです。
鎌倉公方は室町幕府の関東での出先機関として設置した鎌倉府の長官なのですが、いつしか幕府と対立するような関係になってしまいました。
私は鎌倉に着き、先に送っていた間者の小百合と合流しました。
私「小百合、こちらの様子はどうですか?」
小百合「公方の足利持氏様が熱り立っておりましたが関東管領の上杉憲実様がなんとか諌めました。今はひとまず落ち着いています。」
私「持氏殿の様子を直に見たいですね。」
小百合「いきなりは危険です。まずは上杉様から近づいてみては?」
小百合の助言もあり、私は上杉憲実殿に会うことにしました…。
つづく…

