私、足利義満の子・智子です。
1429年、将軍となった兄・義教の本格的な政治が始まりました。
始めるにあたり、私と満済殿は義教に呼ばれました。
義教「確認のために2人に聞きたい。亡き義持兄の政治は守護大名らとの合議制であったと見るが、本当に目指していた政治は何だったのだ?」
私「義持兄上は…本当は父上とは違った政治で父を超えたかったのです。」
義教「父上とは違う政治とは?」
私「父上は自らの政治を否定せよと義持兄上に言い残しました。しかし…父上の本音は同じことはできぬということだったのです。」
満済「義持様は守護大名らの権力に苦しんでおられました。しかし、義持様の治世は義満様より安穏でした。」
義教「なるほどな。しかし安穏であるが幕府に権力は弱まったぞ。わしは父上のように将軍親政の復活を目指す!」
義教は前年の1428年にあった土一揆や南朝方の反乱、鎌倉公方の反抗、そして将軍宣下が遅れたことで足利将軍家の力が弱まったことを感じてたのでしょう。
将軍なった義教が最初に行なったのは、日野家への弾圧でした。
義教の正室・日野宗子様の兄・日野義資様の所領を2ヶ所没取したのです。
これには宗子様は驚きました。
宗子「御所様、なぜ兄の所領を没取するのですか?兄に何か落ち度がありましたか?」
義教「義資はわしが僧であった時代に不忠をしたのだ!」
宗子「そんな前のことを今さら…」
義教「そなたら日野家は我が足利将軍家に巣食い、権力をほしいままにしておる!所領没取だけでありがたいと思え!」
義教のいう義資殿の不忠とは、個人的恨みもあったのです。
満済殿や私が義教を諌めようとしましたが、義教はその恨みを話しました。
義教「義資は父上が溺愛した義嗣には媚びへつらい、わしのことを虫けらのように扱ったのだ。あやつはその時々で力のあるものに巣食う白アリのようなやつなのだ。」
満済「されど日野家は御所様の正室、義持様の正室である栄子様の御実家であります。」
義教「わしが日野家で恩に感じているのは父上の正室・業子様だけだ。業子様はわしや義持兄、智子を心から育ててくれた。義資はわしを、足利将軍家を利用しようとしているだけだ!」
私は業子様の名前を出されて何も言えませんでした。
結局、義資殿は所領を没取された上に蟄居を命じられました。
しかし、日野家に対する弾圧はこれだけではなかったのです…。
つづく…
