俺らは義満の子 〜困った後継ぎ〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️


私、足利義満の娘・智子です。


兄・義持には後継ぎとなる男子は義量殿しかいませんでした。

コアラ義量さんの母親は義持の正室の日野栄子さんなんだよ。義持さんには他に男の子が生まれてはいたけど幼くして亡くなったみたいなんだ。




義持は義量殿を寵愛し、遊覧や寺社への参詣、参籠にはほとんど同行させていました。





私は義持から相談を受けます。それはこの義量殿のことでした。


義持「なぁ、智子。上皇様も後継ぎでお悩みであるが、わしも同じなのだ。」

私「それは義量殿のことですね?」

義持「うむ。義量は幼い頃より病弱でな、それなのに酒を好むようになってしまったのだ。」

私「お酒好きは兄上に似たのでしょう(笑)。」

義持「ふっ(笑)、そうだな。しかし病弱な上に大酒飲みになると身体に悪い。1度、義量に会うてはくれぬか?」

私「私に義量殿を諌めよと?」

義持「そうだ。近々、醍醐寺に行く。そこの僧として義量に話してもらいたい。義量は智子は死んだと思っているからな。」


義持も義量殿には手を焼いているようでした。




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醍醐寺



コアラちなみに義持さんは信心深くて寺社への参詣、参籠を度々してたんだよ。その数が多いから政治のストレスの解消に行っていたのかも。





醍醐寺に訪れた義持は自身が言ったとおり、義量殿も一緒でした。


義持が義量殿が庭で1人になるよりに計らい、私がそこへ出ていきました。




私「これは若殿様…。」

義量「ほぅ、若い尼僧だな。…ここの僧か?」

私「本日は使いでこのお寺に来ておるものです。」


義量殿は少し呂律が回らぬ様子でした。

私「若殿様、お疲れのように見えますが…。」

義量「そうか?酒が飲み足りぬからかの。」

私「お酒ですか…お酒の飲み過ぎはお身体に障ります。」

義量「そんなことはない!酒は元気の源だ。」




そう言うと義量殿は寺の中に入ってしまいました。

「かなりの重症だ」と私は感じました。







そう思って庭で佇んでいる私は、

「これ!」と声をかけられました。





振り向くと、そこにいたのは満済殿でした…。










つづく…。
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ