俺らは義満の子 〜後小松上皇の子〜 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️


私、足利義満の娘・智子です。


兄・義持は度々後小松上皇様の仙洞御所に参内していました。





コアラ仙洞御所って天皇さんを退位した上皇さん、法皇さんが住む御所のことなんだ。


私や間者の小百合も上皇様の御所までは忍び入ることは控えました。




義持は上皇様より称光天皇様のことで相談を受けていたようです。

{D4E98AB2-0DAB-497A-A933-743390D2C64E}
後小松です。室町殿には朕の相談相手になってもらってるのだ。


称光天皇様は太刀や弓を好み、それをもて遊んだり鞭で近臣や女官を打ち据えたりして、その行状は上皇様や義持を悩ましていました。


上皇様が心配されていたのは天皇様に後継ぎとなる子がいないことでした。

天皇様は若いのですが、病弱で皇子誕生の望みは薄かったのです。





上皇様にはもう1人、子がいて小川宮様といいます。


義持「上皇様、小川宮様を後継ぎにしてはいかがでしょうか?」

上皇「うむ~、小川宮は帝以上にその行状が悪いのだ。正月には姫に暴行して騒ぎを起こしているのだ。」

義持「他には後継ぎとなる男子はいませんし…。」

上皇「……後継ぎにはならぬが、男子はもう1人おるのだ。室町殿には初めて言うことだ。」

義持「なんと!それは?」

上皇「今は出家しておる。大徳寺の僧、一休なのだ。」



{15D71E4D-083F-464D-A54F-7B8075791357}
大徳寺です。一休さんは叟宗曇さんの弟子なんだ。


私はそれを義持から聞いて驚きました。





「一休様が上皇様のご落胤とは…。今、一休様はどこにいるのだろうか…。」

{8B109842-031C-4FFB-8D40-BF9A98A6F654}
一休です。私の母は南朝方だったので母は御所から逃げ、民間で私を生みました。








義持にも子のことで悩みがありました。




それは義量殿のことです…。












つづく…
コアラ次回もお楽しみに~バイバイ