私の夫は優柔不断 〜悩む直義〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利尊氏の妻・登子です。


1348年高師直、師泰は河内国四條畷で楠木正行殿を討ちました。

その勢いのまま、師直らは南朝の本拠・吉野に攻め込みました。

そして吉野山の行宮、寺院を焼き払いました。吉野山一帯は灰塵に帰したといいます。

コアラハッ吉野の行宮って南朝の後村上天皇さんがいた仮の皇居だよね。師直さん、恐れを知らないようなことをするね。

南朝の後村上天皇様は賀名生(奈良県五條市)に逃れました。

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後村上天皇です。賀名生へ移っても私は京奪回を諦めないぞ!


夫も師直の行動に驚いた様子てした。

「勝ち戦とはいえ行宮まで焼き払うとは…。」


夫以上に驚いたのが幕府の政務を預かる直義殿です。

傍若無人に振る舞う師直だけでなく、朝廷の権威を蔑ろにする武士のために朝廷との間を調整する直義殿の苦労は絶えませんでした。


直義殿は、
「これ以上、師直らの増長を止めねば…。我が意を汲んだものが南朝との戦で勝たねばならん。」

と思っていました。


しかし、直義派の細川顕氏殿や山名時氏殿は先の楠木正行殿の戦で負けていました。

コアラもやもや確かに直義派は負けて、それを師直さんらが倒しているね。これでは戦では直義さんらは形無しだよ。


そこで直義殿は養子である直冬の出陣させようと考えました。

直冬出陣となれば直冬にとって初陣となるのです。


直義殿は夫と私に直冬出陣を進言してきました。

直義「楠木に勝ったとはいえ、南朝方が紀伊国を始め、各地で暴れております。」

夫「確かにこの驚異は放ってはおけない状況だな。ここで誰を出陣させるかの話か?」

直義「はい。ここは直冬を大将に出陣させたいと思います。」

夫「なに⁉︎ 直冬を大将にか⁉︎」



夫は直義殿に嫌悪感を見せました…








つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ