私、足利尊氏の妻・登子です。
1339年、後醍醐天皇様が崩御された翌年辺りから私は恐ろしい夢を見るようになりました。
その夢とは…
暗闇の中から太刀を持った武者が私に近付いてきます。
私「…そこにいるのは誰です⁈」
武者は答えず私に斬りかかってきます。太刀は私の腕をかすめ、私は倒れます。
私「何をするのですか⁈あなたは誰ですか⁈」
武者「わしを見忘れたか!お前ら足利がいたために鎌倉を追い出されたのだ!」
私「何を言ってるのですか⁈」
倒れた私の胸を目掛け、
武者「死ねぇぇ~!!」
私「きゃ~!」
……といつもここで目が覚めるのです。
起きると腕に刃物で切ったような赤いあざが出来ていました。
連日、この夢を見るようになりました。
そんなある日、夫の弟・直義殿が病に伏せっていると聞き、夫と見舞いに行きました。
直義殿は床についています。
夫「直義、いかがしたのじゃ?」
直義「…身体に何かがのし掛かってるように重いのです。」
夫「何か?それはなんじゃ?何がのし掛かってるというのじゃ?」
直義「わかりませぬ。…ただ昨年末より同じ夢ばかり見るようになって。」
私「!直義殿、どのような夢ですか⁈」
直義「暗闇の中にいる武者が斬りかかってくる夢なのです。」
私は唖然としました。私と同じ夢を直義殿も見ていました。
夫「どうした?登子?」
私「私も同じ夢を最近見るようになりました。」
直義「なんと!…姉上、その武者の太刀に入っている家紋を覚えてますか?」
私「…いえ。家紋とは⁈」
直義「あれは大中黒、新田の家紋なのです。」
直義殿はあまりにも同じ夢を見続け身体まで悪くなったのである僧に相談したそうです。
僧によると、その武者は新田義貞様で義貞様を操っているのは後醍醐天皇様だというのです。
夫「わしはまだその夢は見てないが…後醍醐帝が足利に祟っているということか…」
直義「兄上、後醍醐帝の菩提を弔いましょう。僧の勧めでもあります。」
夫「うむ。菩提寺を建てよう。」
こうして北朝方でも後醍醐天皇様の菩提を弔いました。
弔うようになってから私はあの夢を見なくなり、直義殿も病から回復しました。
菩提寺として建てたのが天龍寺です。
しかし、本当に怨霊の祟りは鎮められたのでしょうか?
この後、足利には醜い争いが勃発します。
それはある少年が京に来たことから始まりました。
その少年とは…又若です。
つづく…

