私、足利尊氏の妻・登子です。
1339年、報せによると吉野の南朝では後醍醐天皇様が義良親王様に譲位しました。
北畠顕家様、新田義貞様を失った後醍醐天皇様は病で死の床についていたのです。
後醍醐天皇様は病になる前、各地に自らの皇子を送り北朝に対抗しようとしました。
しかし、南朝は劣勢を覆すことはできず、後醍醐天皇様は病に侵されていたのです。
そして、義良親王様に譲位した翌日、
「朝敵討伐、京都奪回」を遺言し…崩御しました。
夫は後醍醐天皇様崩御の報せを聞き、喪に服しました。
私「御敵が亡くなられて、そこまでやられますか?」
夫「後醍醐帝は足利を敵視されたが、我らに道を開いた方だ。後醍醐帝がいなければ今の我らはなかった。」
やはり夫には後醍醐天皇様は特別な思いがあったのです。
私「これで南朝は劣勢。戦は無くなるのではありませんか?」
夫「…いや南朝方はさらに戦を仕掛けてくるだろう。後醍醐帝が足利を討てと遺言を残した以上、南朝方はそれに従うだろう。」
私「戦は続くのですか…。」
夫「今は戦うしかない。しかし、戦を鎮めねばならん。なんとかしなければ…。」
夫の言うとおり、南朝の北畠顕家様の父、北畠親房様、新田義貞様の弟、脇屋義助様らが決死の戦を仕掛けてきました。
決死の南朝方と夫は戦いました。
その頃、夫の弟・直義殿や私に不思議な、いや恐ろしいことが起こります…
つづく…

