私、足利尊氏の妻・登子です。
夫の弟・直義殿が成良親王様を奉じて鎌倉へ入りました。
私は京で起きていることを知りたいと思っていたので、直義殿に色々と問いました。
それによると後醍醐天皇様が行う新政にはひどく不満が渦巻いて武家だけでなく公家まで見放す状態でした。
後醍醐天皇様が討幕で挙兵した時に参加した側近の万里小路藤房様は新政に失望し突然、出家をし行方をくらましたそうです。
さらに護良親王様が足利氏を敵視し兵を集めているのでした。
護良親王様は直義殿が鎌倉へ兵を率いてきたことも、
「足利は鎌倉に幕府を開くつもりだ!」
と思っていたようです。
私が危惧していたことは夫のことでした。
護良親王様の配下のものに夫は狙われているのではと思っていたからです。
直義殿からは執事の高師直が夫を守っているから大丈夫だということですが…夫の意が捻じ曲げられて後醍醐天皇様に伝わることを危惧していました。
その捻じ曲げているのが後醍醐天皇様の寵愛する阿野廉子様です。
しばらくして…1334年、護良親王様が捕らえられたとの報が私のもとに入りました。
理由はなんと皇位簒奪を企てたとして後醍醐天皇の命が下ったのです!
つづく…
