私、足利高氏の妻・登子です。
1333年、北条高時様は自害し北条氏は滅びました。
鎌倉を陥落をさせた新田義貞様は鎌倉の勝長寿院に入りました。
そして私の息子・千寿王は家臣とともに永福寺に入りました。
私は千寿王に早く会いたくて鎌倉へ急ぎました。
鎌倉へ向かう途中、悲しい報せを聞きました。
千寿王の異母兄で夫の長男・竹若丸様が亡くなられたのです。
竹若丸様は伊豆に住んでいました。
夫が六波羅探題の攻撃で私達同様、北条氏に襲われる危険に晒されました。
竹若丸様は山伏姿に身を変え京へ向かいましたが…途中駿河国で北条氏の刺客に殺されたのです。
夫はこれを聞き悲しんだそうです。
私も同じ気持ちでした。異母兄とはいえ千寿王の兄弟、唯一の兄を失ったと思ったからです。
この時はそう思いました。千寿王の兄は竹若丸様だけと…。
この時、登子さんはまだ知らなかったんだ、後年にある人物が登場することを…。
私は鎌倉へ入り千寿王と再会しました。
鎌倉攻めの足利の大将とはいえ千寿王はまだ四歳。
ほんの1ヶ月離れていただけでしたが、何年ぶりかの再会のように千寿王を抱き締めました。
鎌倉へ入り千寿王との再会は嬉しかったのですが…戦で荒れた鎌倉はひどい状況でした。
あの活気に満ちた鎌倉とは思えない惨状です。
私は「私達がよき良い鎌倉にしなければ」と決意しました。
夫は千寿王を支援する為、細川和氏、頼春、師氏を派遣してくれました。
そして鎌倉の復旧が始まりました。
しかし、争いの種は絶えていなかったのです…。
つづく…
