私、足利尊氏の妻・登子です。
1333年5月新田義貞様は上野国・生品明神で挙兵しました。兵はわずか150騎。
鎌倉へ向かっていく新田軍には一族や各地の豪族が加わり7,000騎になりました。
利根川を超えた辺りで私の息子・千寿王が合流しました。千寿王がいる足利軍はわずか200騎でしたが…各地の御家人が参戦し新田軍は数万騎に膨れ上がりました。
有力御家人である足利氏の名声がこんなに響いているとは私は驚きました。
足利氏のご先祖様が守ってきた家格が夫や息子を守ってくれている、私はご先祖様に感謝しました。
「生き抜く足利」第1話はこちら⬇️
新田軍は小手指原(埼玉県所沢市)で迎撃にきた幕府軍と激突、これを撃破しました。
さらに武蔵国久米川(東京都東村山市)で再び激突。
新田軍は八国山に陣を敷き、ここより幕府軍を攻撃し撃破しました。
新田軍を止めようと北条高時様は自らの弟・北条泰家様を大将とした大軍勢を派遣しました。
両軍は武蔵国分倍河原(東京都府中市)で激突します…。
つづく…
