生き抜く足利 〜当主になる利氏〜 | 歴史を感じよう

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1251年、足利泰氏が自由出家をし隠居、その後を継いだのが泰氏の三男・足利利氏(後の頼氏)でした。

利氏には2人の兄がいましたが、利氏の母は北条得宗家・北条時頼の妹、2人の兄の母は北条氏の傍流、名越朝時の娘でした。

泰氏には初め名越朝時の娘が正室として嫁いでいましたが、後に時頼の妹が嫁いで正室となり、先に嫁いだ名越朝時の娘は側室とされました。

ここでも北条氏内部の争いがあったようです。

利氏の2人の兄は斯波家氏渋川義顕です。

利氏は鎌倉時代の足利氏の当主の中では影の薄い人物で、生誕の年もはっきりせず1240年の説が有力です。

この説からいくと、家督を継いだのが11歳の時となります。

この時は祖父・足利義氏が利氏の後見をしました。


義氏は1255年に亡くなります。

和田合戦、承久の乱、宝治合戦で活躍し所領を拡大し鎌倉時代で足利氏の最盛期を作ったのは、義氏でした。

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足利義氏

当主となった利氏は上総国、三河国も引き継ぎます。



幕府では、1252年5代目の将軍・藤原頼嗣を京へ送還した後、新たな将軍として後嵯峨院の皇子・宗尊親王を鎌倉に迎えました。

これが皇族将軍です。




つづく…