争う一族 〜剛腕!強弓!鎮西八郎為朝!〜 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

1156年7月11日未明、後白河天皇側は出陣します。
第一陣は平清盛勢300余騎、源義朝勢200余騎、源義康勢100余騎。

目指すは崇徳院側が集まる白河北殿。

清盛は西門を攻めますが、西門は源為朝が守っていました。

清盛の郎等、伊藤景綱とその子、忠清・忠直が名乗りを上げましたが為朝は
「清盛でも物足りないのに、聞いたことのないお前らなんぞ相手にならん!」

それでも景綱が矢を放つが為朝はものともしません。

「物足りない敵だか、今生の面目にせよ!」と為朝は言い放つと七寸五分の矢を射ました。

なんと!矢は忠直の体を貫き、忠清の鎧の袖に突き刺さりました。

清盛はこれを聞き、怖じ気づきました。そして部署を変え北門に向かいますが、清盛の長男・平重盛が
「これしきで下がるとは、口惜しいことだ」と為朝に挑もうとしました。

しかし清盛が必死で止めました。

{38CD7A69-CEBD-4F50-9D62-E48370B62749:01}
平重盛

このまま矢1本で引くのは口惜しいと伊賀の住人、山田伊行は名乗りを上げ矢を射ますが一の矢を射損じ、二の矢をつがえるところを為朝に射殺されました。


鎮西八郎為朝!恐るべし!
{3A21FC5A-A4D6-4FF0-A218-183929B0561B:01}



清盛に変わり、攻め寄せてきたのが為朝の兄・義朝の手勢でした。



つづく…