犯人は誰か?義忠は何故暗殺されたか?
河内源氏の当主に義忠がいることへの不満が、この事件の背景にあったと思われます。
嫌疑は様々にかけられましたが、16日叔父・義綱(義家の弟)の三男・義明とその乳母父・藤原季方に嫌疑がかかります。
事件の現場に義明の刀が残されていたのです。
義明と季方は追捕に来た検非違使を迎え撃って激戦の上、自害しました。
さらに嫌疑は義綱にも向けられ、義綱は子らと共に逃亡します。
これに対し義忠の養子・為義が追捕しました。そして25日、近江・甲賀山で義綱は降伏します。
この時、義綱の子らは投身自殺、焼身自殺、自害と一戦交えず亡くなります。
義綱は勝手に京から出奔した罪で佐渡に流されました。
後に義綱は為義に追討され自害します。
義綱の一族は滅亡しました。
陰惨な事件は解決したかに見えました。
しかし真犯人は別にいました!
義家の弟で義忠の叔父・源義光だったのです…
つづく…

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