平良文から出た秩父氏、上総氏、千葉氏等々です。
平直方は娘を頼義に嫁がせ、義家が生まれるなどし、源氏と縁を結んでいます。
頼義も鶴岡八幡宮の前身の鶴岡若宮を建立するなどして関東を押さえています。
こうした中で源氏に従うのをよしとせず、関東から離れる平氏もいました。
平貞盛の四男・維衡です。維衡は伊勢守となりますが、着任以前から伊勢に進出しているようでした。
(伊勢守は二カ月のみの着任でした。)
伊勢に基盤を築きますが、京から近く海上交通にも有利と考えたのでしょう。
この維衡の系統を伊勢平氏といい、後に平清盛が出ます。
前九年の役が終わり、藤原頼通が関白を辞し、1068年に後三条天皇が即位します。
後三条天皇は170年ぶりに藤原氏を外戚としない天皇でした。
つづく…

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