戦後の1063年8月、頼義は石清水八幡宮を鎌倉に勧請し、鶴岡若宮としました。
(勧請とは分霊を他の神社に移すこと)
鶴岡若宮がのちの「鶴岡八幡宮」の始まりです。
大河ドラマで「南無八幡大菩薩」とか「八幡大菩薩の御加護」とかよく聞きますね。
八幡神は弓矢、戦勝の神として武士に崇拝されています。
源氏と八幡神との関係は源頼信の代から始まってます。
頼信は石清水八幡宮に祭文を捧げ、頼義は各地に八幡宮を建立しています。
源義家は石清水八幡宮で元服し、八幡太郎と名乗っています。
八幡神は源氏の守り神ですね。
平氏でも平ら将門は八幡大菩薩によって「新皇」の地位を保証されたとされています。
八幡神社は日本各地にあります。新居浜市にもありますが頼義が伊予守だったので源氏と関係あるかもしれません。
頼義が鎌倉に八幡宮を建立したのは東国での地位を固める意味もあったと考えます。
つづく…

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