純友の謎 日振島 | 歴史を感じよう

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純友を首領とする海賊は日振島を根拠としていました。

日振島は愛媛県と大分県の間の宇和海にあり、愛媛県宇和島市の西方約28kmに位置します。

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しかし、なぜ日振島を根拠にしたのでしょう?
瀬戸内海には大小3,000もの島があり、当時、伊予国の国府があった今治の沖の島々は戦国時代の村上水軍の本拠地でもありました。

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現代は愛媛県今治市から広島県尾道市まで島々を橋で繋がっています。



日振島は九州にも近い。純友には何かしらの考えがあったように思えます。
九州にも近いということは九州から東アジアにもつながります。

純友は伊予掾の時代に海賊や現地の民に渡りをつけていたのでしょう。善政をひき、味方を増やし瀬戸内海の利を知り尽くし、その結果1000隻もの海賊集団を得たと考えます。

また、純友以外にも海賊集団には純友同様に海賊鎮圧にあたった武芸達者なものもいました。彼らは鎮圧後も現地に残りましたが彼らの勲功を受領クラスの下級貴族(赴任はしたが実際には赴かない国守とかかな?)に横取りされたりして不満が募っていました。
それが純友と一緒に海賊になっていました。


純友が海賊として暴れていたころ、一人の追捕使が伊予国に来ました。
「紀淑人」です。


つづく…