崇徳上皇は悲運でした。崇徳上皇の生い立ちや当時の朝廷の状況は、とにかく複雑です。(ここでは省きます)
1156年に起きた保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐国(今の香川県)に流されてきました。
8年後の1164年に崩御されました。
崇徳上皇には怨霊伝説がありますが、もう一方では自らを配流した者への怒りや恨みはなかったとの説もあります。

崇徳上皇の肖像画
崇徳上皇は歌詠みとしても有名で、小倉百人一首にも上皇の歌があります。

「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ」
さて、崇徳上皇のゆかりの地で行ったのは「白峰宮」と「白峯寺」です。内容は次回に書きます。