世界遺産ストーンヘンジ
『世界遺産:イギリス編』(TBSDVD)というDVDの「ストーンヘンジ」を見ました。イングランドの南部、ソールズベリー(Salisbury)平原にある有名な円環状の巨石群だ。このブログの表紙を飾る写真がストーンヘンジです。誰が造ったのだろうか?解説では、紀元前3050年頃、まず円形の堀と土手がつくられ、ほぼ1500年の歳月をかけ、完成されたそうだ。僕が読んだ資料によると、巨石を造る文化との共通点から初めはエジプトに縁のある渡来人が造ったと考えられている。彼らは、黒髪をした地中海系のヨーロッパ人種だったらしい。上記のDVDを見て「お!」と思ったのは、後に建設を引き継いだのがビーカー人(Beaker Folk)だという説だ。ビーカー人って、面白いのは、ビーカーという土器の壷をつくることが彼らの文化的特徴で、ビーカー人と呼ばれることだ。なんと縄文時代人と同じ発想なんだね。ところで、彼らはアルプス辺りから渡来した民族で、アルプス系のヨーロッパ人種だと分かっている。彼らは、黒髪ではなく、茶髪だったという。アルプス辺りから渡来した人たちとエジプト縁の人たちとのストーンヘンジに抱いた共通の思いは何だったのだろう。やっぱり、ストーンヘンジは農耕文化には欠かせない一年のリズムを理解する時計だったのだろう。だって、時計は今でも無くてはならない道具だからね。
Be thou, Spirit fierce,
My spirit ! Be thou me, impetuous one !
Drive my dead thoughts over the universe
Like withered leaves to quicken a new birth !
Be thou, Spirit fierce,
My spirit ! Be thou me, impetuous one !
Drive my dead thoughts over the universe
Like withered leaves to quicken a new birth !
ハリー・ポッターと賢者の石
映画『ハリー・ポッターと賢者の石』に出てくる「賢者の石」は、透き通る「赤」だった。賢者の石(philosopher's stone)は、「哲学者の石」ともいう。錬金術が追い求めた究極の物質といわれている。その色は「赤」だといわれている。だから、映画で賢者の石が出てきたとき、「あっ!赤だ!」と思った。時代は今なのに、賢者の石が健在なのは嬉しいかぎり。神秘主義的錬金術というのがあって、そこでは「賢者の石」は「究極の愛」と解釈されている。純粋な愛の持ち主が、ハリーなんだね。
But we by a love, so much refined,
That ourselves know not what it is,
Inter-assured of the mind,
Care less, eyes, lips, and hands to miss.
But we by a love, so much refined,
That ourselves know not what it is,
Inter-assured of the mind,
Care less, eyes, lips, and hands to miss.
個性と教養
『教養脳を磨く』(茂木健一郎、林望著、NTT出版)を読みました。
「ケンブリッジは逆である。他の人と一緒では相手にされない。少しでも異なることがあると、「アクセル」を目一杯踏んでその違いを拡大することを奨励される。しかも、少々の変わり者ぶりでは、たいして認めてくれない。余人の追随を許さないような、「狂気」の世界に至って初めて、一人前の「変人」なのである。まさに、変人でいるのも「命がけ」である。
もっとも、ただ変わっていれば良いというものではない。最低限の教養はなければならない。この世について、生きるということについて、人間として当然知っておくべきことについては押さえておく。その上で、自分自身の個性を尖らせる。そうでなければ、ユニークさという樹木が天高く伸びていってくれない。つまり教養は、個性を伸ばす基礎となる豊かな土壌を提供するのである。」(pp. 5 - 6.)
僕がいつも「自分は日本人じゃないような気がする」と思うのは、個性と教養にあこがれているからかもしれない。孤独だな~!
They flash upon that inward eye
Which is the bliss of solitude;
「ケンブリッジは逆である。他の人と一緒では相手にされない。少しでも異なることがあると、「アクセル」を目一杯踏んでその違いを拡大することを奨励される。しかも、少々の変わり者ぶりでは、たいして認めてくれない。余人の追随を許さないような、「狂気」の世界に至って初めて、一人前の「変人」なのである。まさに、変人でいるのも「命がけ」である。
もっとも、ただ変わっていれば良いというものではない。最低限の教養はなければならない。この世について、生きるということについて、人間として当然知っておくべきことについては押さえておく。その上で、自分自身の個性を尖らせる。そうでなければ、ユニークさという樹木が天高く伸びていってくれない。つまり教養は、個性を伸ばす基礎となる豊かな土壌を提供するのである。」(pp. 5 - 6.)
僕がいつも「自分は日本人じゃないような気がする」と思うのは、個性と教養にあこがれているからかもしれない。孤独だな~!
They flash upon that inward eye
Which is the bliss of solitude;