「夏草や つわものどもが 夢のあと」
どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。
松尾芭蕉の句ですね。
でもこういうのって、何を詠んだのか知らない(覚えてない?)ことが多いですね。
この舞台は平泉。
平泉には義経堂(ぎけいどう)という建物があります。
義経とは源義経のこと。
藤原氏3代目の秀衡(ひでひら)は義経に目をかけていて、それを頼りに義経は何度か世話になっていた。
そして兄頼朝に執拗に追われたときも、ここに逃れて来た。
そのときかくまわれて住んでいたのがここ。
いま、そのお堂の中には小さな義経の像が置いてある。
その像はどこかマンガみたいで、悲運な義経とどうも繋がらない。

だが、その悲運は起きた。
頼朝に追われて最後に逃れて来たときは秀衡は既になく、4代目の泰衡(やすひら)が継いでいた。
ところがその泰衡は、秀衡ほどの人物ではなかったようだ。
頼朝の強硬な圧力を受けた泰衡は、それに屈して義経を攻める側に転じてしまった。
つい立を失った義経は、ついに自害して果てた。
ところが頼朝の意向を受け入れたはずの泰衡も、結局は頼朝に攻められて自らも敗れた。
100年ほどの栄華を誇った藤原家はここに滅んだ。
義経堂のすぐ脇には北上川が流れている。
その両側には豊かな穀倉地帯が広がっている。

頼朝軍と義経・藤原との戦はこのあたりで繰り広げられたのだろうか。
芭蕉はそんな景色を眺めて、藤原氏の栄華と義経の悲運を想った。
芭蕉がここを訪れたのは初夏。
「夏草や」に、ムンムンする夏の草いきれを感じませんか?
「つわものどもが 夢のあと」には、芭蕉が描いた光景が浮かんできませんか?