アラ還おやじの食道がん闘病記 -33ページ目

アラ還おやじの食道がん闘病記

2018年3月8日(58歳)胸の痛みと喉の違和感で消化器内科を受診。
食道にがんが見つかり抗がん剤治療、食道亜全摘手術、そして"がんサバイバー"としての生活が始まりました。
幸いなことにまだ人生は続いています。
そんなアラ還おじさんのブログです。

還暦祝い

71歳 (!?) のM叔母さんから還暦祝いを頂きました

 
 
還暦は来年なのですが年寄りは自分の老い先を考えているのでしょうか、何事も早めなのです
 
 
ジャスト 還暦   ジャスト本厄
 
 
私の親戚が多いということは、M叔母さんの親戚も多いということです
 
 
"ありがとうございます 😊"
 
 
"でもそんなんしてたら、きりがないと思います"
 
 
今年は法事だけで5件です
 
 
さかのぼれば去年の法事が3件
 
 
一昨年の葬儀が3件、四九日法要が3件、初盆3件
 
 
これから先の我が一族の冠婚葬祭は、間違いなく葬儀、初盆、法事のラッシュになります
 
 
そんな中で私の還暦祝いなど
 
 
"年金がいくらあっても足りなくなりますよ
 
 
M叔母::「あんただけは特別やき心配せんでもよか
 
 
お袋さまと祝いの膳でもと言われました
 
 
"がん"は秘密です
私が元気な身体なら
 
"叔母さんも一緒に行きましょう"
 
 
と言えるのですがさすがにこの身体です
 
 
一緒に食事をすれば食べれないのがばれてしまいます
 
 
"がん"になったことは親戚には秘密にしています
 
 
大阪の従兄と大学時代に一時下宿させてもらっていた大阪の叔父さんだけには知らせてありますがそれ以外の身内には内緒です
 
 
このM叔母さんは喋り好きです
 
 
絶対にバレてはいけない人です
 
 
58kgの体重が食道亜全摘手術後6ヶ月でほぼ10kg落ちています
 
 
幸い落ちたのは腹の肉、太もも、ふくらはぎと多少の腕肉で見た目のはほぼ変わりありません
 
 
喉の縫合部に違和感があるのでクールビズが終わった今もネクタイを締めずに開襟にしています
 
 
食道亜全摘の術跡が見えますが誰も気づきません
 
 
加齢のシワに見えているようです
 
 
このままでいけば当分隠し通せると思います
 
 
いつか
 
 
"あの時はがんの手術をした後だったんです"
 
 
ニコニコ  ニヤリ  ウインク  おねがい  照れ  爆笑
 
 
と話せる時がくることを信じて・・・
 
 
 
喉の関所

あれだけ肉塊 焼肉 を通さなかった喉の関所2018年6月4日になくなりました

 
食道の亜全摘手術と胃管再建術の手術を受けました
 
 
噴門部が切り取られ、引き換えに胃袋から胃管になりさがった胃が今となっては酸っぱ痛い液体垂れ流し状態で逆流させています
 
 
油断すると所構わず上がってきます
 
 
 
 
zzz  zzz  zzz  zzz  ニヤ  ゲラゲラ  ムキーッ
 
 
あ"〜、あ"あ〜、ん"〜
 
 
夜中のベッド 🛌 に体育座りをして膝の上におデコをのせて目を閉じます
 
 
ムキーッ  ムキーッ  ムキーッ  ゲラゲラ
 
 
ん"〜あ"〜、あ"あ〜
 
 
唸り声をあげながら耐えます
 
 
涙目で酸っぱ痛い液体を耐えなければなりません
 
 
食道の亜全摘手術を受けた人ならわかってもらえると思います
 
 
嚥下障害と逆流性食道炎、口内炎と味覚障害、他にも色々な障害を抱えて生きて行かなければなりません
 
 
" がんサバイバー "として生きていく障害は結構多く、一生ついて廻るんでしょうね !?
 
 
まだ術後半年です
 
 
そんな生活が始まったばかりなのです
 
 
普通にラーメン🍜 を啜って、普通に焼肉 焼肉 を頬張って白いご飯 🍚 をかき込む・・・
 
 
当たり前に出来ていたことが当たり前に出来なくなりました
 
 
それでも生かされています
それでも生かされている間は・・・
 
 
私の命は預かっているものだと思います
 
 
誰からといわれても答えられませんが
 
 
そもそも自分の意思で生まれてきた人間はいません
 
 
もの心ついたら自分がいる
 
 
生かされているんだと思っています
 
 
 
私は誰かのために生かされています
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一筆啓上
年賀状が出来ました
 
 
一筆啓上仕り(つかまつり)ました
 
 
表裏共に個人情報満載?なのでこのアングルで
 
 
 
本日投函いたします
 
 
旧年中はお世話になりました
 
 
新年もよろしくお願いします
 
 
昼食はスシロー
昼食はスタッフMさんと"スシロー"さんです

 

 

 

当然2人分のお皿です

 

 
 
因みに私はアナゴ2貫、天然くるま海老1貫、オニオンサーモン2貫、本格うなぎの蒲焼1貫の計6貫と赤だしです
 
 
時間をかけてゆっくりゆっくりとよく噛んで飲み込みます
 
 
前回よりも1貫多いのですがこれが限界です
 
 
がんサバイバーとしての食事
食べ過ぎると時として胃が痛みます
 
 
吐き気、嘔吐 🤮 
 
 
食べ過ぎないように気をつけてはいるのですが・・・
 
 
1日に5回〜6回に分けて食事をしてくださいと言われます
 
 
サラリーマンとして仕事をしていたらまず無理だと思います
 
 
個人差があると思いますがほぼ2時間ごとに何かを食することになります
 
 
1回食すると30分〜1時間は胃に食べ物が詰まっています
 
 
匙(さじ)加減を間違えると吐き気、嘔吐 🤮 が襲ってきます
 
 
私の場合は食前30分前に漢方を飲んでいます
 
 
だから1日に多数回の食事は無理です
 
 
せいぜい間食にオヤツを挟むくらいしかできません
 
 
🍘  🍩  🍮   🍰  🍦
 
 
もし2時間おきに飯を喰うがんサバイバー社員が食べ過ぎて吐き気、嘔吐をもよおしたとき、胃痛になったとき、それを許してもらえる会社や職場環境があったとしても、それに甘えられる" がんサバイバー "っているでしょうか?
 
 
酷い時は丸1日横たわっています
 
 
ある意味同僚に迷惑かけて、病気だから仕方ないと割り切って甘えることに耐えられるでしょうか?
 
 
そんな状況が1年も2年も続くかもしれないのに・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
オデキの術後は良好です

オデキの傷跡が痒くなってきました

 
順調に治癒しているのでしょう
 
 
痛みは手術当日からありませんでしたので処方されていた痛みどめ5回分は必要ありませんでした
 
 
組織の病理検査がでるまでは油断できませんが傷は化膿することなくふさがりつつあります
 

 
当日の入浴は出来ませんでしたが翌日からはシャワー 🚿  を浴びています
 
 
①入浴をして傷口を泡立てた 🧼 石鹸で洗ってくださいという
 
 
実際に洗ってみると糸 (縫い目)が指に触れて気持ちのいいものではありません
 
 
4針縫ってあります
 
 
②傷口はシャワーで流すこと
 
 
   風呂上がりの塗り薬もありません
 
 
   化膿止めの抗生物質もありません
 
 
   ただ、風呂上がりには
 
 
③必ず新しいガーゼで覆って下さい
 
 
つまり、傷口は泡立てた石鹸 🧼 で洗う
 
 
流すのは湯船のお湯ではなくシャワーを使う
 
 
なんか昔と違うような  はてなマークはてなマークはてなマーク
 
 
最後は通気性の良いガーゼで覆うこと
 
 
これだけは昔から変わらないのですかね
 
 
昔は傷口が濡れないようにしていたような気がするのですが・・・
 
 
車検を受けます
明日から巷 (ちまた) では3連休 (12/22〜12/24) です
 
 
それに合わせて愛車の車検を受けます
 
 
 
来年秋 (2019.10.01) には消費税が上がる予定です
 
 
今の車は5年前の消費増税前に購入した車🚗です
 
 
 
今年、食道がんにならなければ買い替えるつもり予定でした
 
 
59歳で新車を買って7年乗って、免許返納してのんびり暮らしていければと思っていました
 
 
今年、食道がん の宣告を受けました
 
 
それもステージⅢです
 
 
5年生存率は25% !?
 
 
再発する人の80%が2年以内という
 
 
とてもしんどい宣告でした
 
 
7年後どころか2年後に生きていられる可能性を考えます
 
 
今回の術後6ヶ月検診では異常がありませんでした
 
 
しかし次の検診で異常(再発・転移)が無い保証はどこにもありません
 
 
今の車は5年落ちです
 
 
まだまだ乗れます
 
 
後2年乗ることにしました
 
 
今更 新しい車に乗りたい、高級車に乗りたい
 
 
そんな欲はさらさらありません
 
 
61歳まで、後2年生きていられたら
 
 
そして再発・転移がなかったら
 
 
🚙  🚙  🚙  🚙  🚙  🚙  🚙
 
 
ご褒美に新車を購入しようと思っています
 
 
頑張ったね!
 
 
そう自分を褒めてあげたい
 
 

独り身で良かったかも?

2018年3月3日、喉に初めて違和感を感じたのは、事務所スタッフMさんとの ランチでした
 
 
カルビ  🥓 がで詰まりました
 
 
びっくり仰天 !? です
 
 
びっくり  びっくり  びっくり  びっくり
 
 
いつのまにか喉に関所が出来ていました
 
 
慌てて水を飲んで流し込みました
 
 
白ご飯 🍚、キャベツは難なく通ります
 
 
噛みが足りなかったか?
 
 
もう一度カルビ  🥓  を食べます
 
 
さっきより多目に噛んで飲み込みます
 
 
  " ん〜 "
 
 
喉の関所を通りません
 
 
詰まっています
 
 
水で流し込みますが
 
 
今度は跳ね返されました
 
 
もどすゲロー しかありません
 
 
トイレに駆け込みます
 
 
"ふ〜"
 
 
ゲロー  ゲロー  ゲロー  笑い泣き  ゲロー  ゲロー  ゲロー  笑い泣き
 
 
この時はまさか、食道がんに侵されているとは夢にも思いません
 
 
喉の関所は厳しさを増して、いつしかご飯 🍚 すら通さなくなりました
 
 
結局その10日後に食道がんと診断される腫瘍が見つかります
 
 
独り身で良かったと思いました
 
 
心配する奥さん、子供がいないから
 
 
一番大事な人達にどう伝えよう!?
 
 
家族はそのしがらみの中で生きているから
 
 
命は自分一人のものではないから
 
 
仕事をしながら治療するのか、辞めて治療に専念するのか?
 
 
近所の総合病院で手術するのか、離れた大学病院、国立がんセンターで手術するのか、陽子線治療を受けるのか?
 
 
多分ですが、家族会議になるでしょう
 
 
ラブ  ラブ  ラブ  チュー
 
 
バツ一独り身です
"がん"宣告を受けて今日まで誰かに相談することなく決めてきました
 
 
責任の取り方は自分の生き方だけを考えれば良かったからです
 
 
そういう意味で独り身で良かったかもしれません
 
 
 
世の中の夫婦、4組に1組は離婚しているはずだと思っていました
 
 
奥さんが見舞いに来る患者さんが羨ましかったりする自分がいます
 
 
ショボーン  ショボーン  ショボーン  えーん  ショボーン  ショボーン  ショボーン  えーん
 
 
別の意味では寂しい 😔 思いをしてたのかもしれません
 
 
家族の為に" がん "と闘っている患者さんがいます
 
 
家族と一緒に" がん "と闘っている患者さんがいます
 
 
めげずに頑張っている私もいます・・・
 
 
 
お正月
なんとか自宅 🏠 で 🎍 正月 🎍を迎えられそうです
 
 
おせちの おせち 予約も済ませました
 
 
弟K君一家とお袋さまと一緒におせちを食べることができそうです
 
 
但し、雑煮は餅無しになりそうです
 
 
喉に詰まりそうで怖いです
 
 
正月そうそう救急搬送は嫌ですからね
 
 
 
本当にありがたいことです
今年3月に食道がんがみつかりました
 
 
一時は絶望しかかったこともあります
 
 
入院したからこそ分かることがあります
 
 
正月を迎えられなかった人達がいること
 
 
ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ  照れ
 
 
正月を一時帰宅で迎えられる患者さん、病室で迎えなければならない患者さんもいらっしゃるかと思います
 
 
先日の6ヶ月検診で異常があれば、私もその可能性がありました
 
 
幸い再入院はせずにすみました
 
 
患者さんのお世話をされる看護師さん達がいらっしゃいます
 
 
私は、お陰さまで新年を迎えることができます
 
 
ありがとうございます 😊
 
 
 
 
今は、それを素直に喜びたいと思います
 
 
寿司5貫と赤だし

12時から漢方のドヤ顔先生の診察です

 
たしかに無闇な吐き気が少なくなったのはツムラの16、116のおかげかもしれませんしそうではないかもしれません
 
 
 「食事の方はどんな具合ですか?
 
 
 " スシローの寿司 🍣 5貫と赤だしくらいです "
 
 
量的にどれくらい食べられるかの表現です
 
 
 「 いいですね、その表現、わかりやすい
 
 
15分ほどで診察が終わりました
 
 
気がつけば時は12時30分です
 
 
今日はオデキの切除手術があり、麻酔があるかもしれませんので車では来ていません
 
 
次の14時30分からの皮膚科の手術までには時間があります
 
 
ランチタイム
昼食タイムにしようと思い食べログで病院近くのランチを検索してみます
 
 
今更ながら何を食べるのかではなく何が食べられるのかが私のキーワードです
 
 
院内には食堂とカフェがあります
 
 
カフェのランチメニューはサンドウィッチしかなく食道の蠕動運動を失った胃管を通すには厳しそうです
 
 
もう一軒のレストランは以前利用させて頂いた時のカツカレー🍛が今でも忘れられません
 
 
3年ほど前のことですがカツカレーを注文しましたが、歯の治療中だったこともあり、カツが固くて歯が立ちませんでした
 
 
失礼は重々承知のカツ全残しでした
 
 
今回は食道も胃袋も持ち合わせていません
 
 
何事もなければ天ぷら定食などの食事もできるのでしょうが・・・
 
 
今の私には、ないものねだりにすぎません
 
 
検索には病院を取り巻くように色々なレストランや食堂が出て来ます
 
 
今日はオデキ (万が一皮膚がんかも !? ) の手術があり、麻酔があるかもしれませんので車で来ていません
 
 
遠くには行けないということです
 
 
おまけに外は冷たい風が吹いています
 
 
歩いて行ける一番近い食堂に行くことにします
 
 
急患センター(裏口)の出口から道を挟んだ向かい側の食堂です
 
 
初めて入る食堂です
 
 
13時前ですので席は9割がた埋まっています
 
 
席についてメニューを👀ます
 
 
狙いはカレー🍛です
そこそこのメニュー量です
 
 
メニューをめくってカレーを探しますが見つけることができません
 
 
店員さんに
 
 
 "カレーありますか?"
 
 
店員さん:「すみません、カレーうどんはありますがカレーはありません
 
 
とのこと
 
 
 " なんですと はてなマーク  はてなマーク  はてなマーク "
 
 
普通、逆でしょう !?
 
 
カレーはあるけどカレーうどんはありません」ならわかりますが
 
 
仕方ありません
 
 
店員さんに小声で
 
  " すみません、私が食べられるものがありませんでした "
 
 
店を出ました
 
 
隣に軽食と書いてある喫茶店がありました
 
 
初めてのお店ですがダメ元で入ってみます
 
 
食べられるものが何も無かったとしてもコーヒーや紅茶、口に出来るものがありそうです
 
 
メニューは軽食ですがカレー🍛を発見 !!
 
 
すかさず
 
 
  " カレー🍛をお願いします、ご飯🍚は半分で "
 
 
本当は、4分の1しか食べられないことはわかっているのですが、もし調子が良かったらもう少し食べられるかもしれません
 
 
期待を込めて注文します
 
 
しばらくするとセットのグリーンサラダ🥗が
 
 
迂闊でした
 
 
未だ葉っぱは食べられない状態です
 
 
スープは付いて無いようです
 
 
ほどなくしてご飯少なめのカレー🍛が出てきました
 

 
美味そうに見えます
 
 
ホテル・レストランで修行したシェフ👨‍🍳 のものではないようです
 
 
見た目家庭のカレーです
 
 
美味かったです
 
やっぱり完食は出来ませんでした
 
 
  "すみません、美味しかったのですが病み上がりなもので全部食べられませんでした''
 
 
事情を話してお店をでます
 
 
また病院に戻ります
 
 
午後からの待合室は閑散としていました
 
 
粉瘤(ふんりゅう)か皮膚がんか
すぐに診察室に呼ばれてお決まりの手術の説明を受け同意書にサインをします
 
 
施術室にうつ伏せになり患部の消毒、麻酔になります
 
 
もちろん意識はあります
 
 
手術中に頸(くび)の皮を引っ張られている感覚はあります
 
 
多分傷口を縫う際に糸を引っ張られているのだと思います
 
 
麻酔のおかげで痛くはありません
 
 
30分ほどで終了しました
 
 
看護師さんから消毒をしてもらい患部をガーゼで覆います
 
 
診察室に呼ばれ、
 
 
医師:「切除した粉瘤を見ますか?
 
 
と問われます
 
 
 "見ます"
 

 
医師:「念のため病理検査にまわします
 
 
とのこと
 
 
可能性としては100%皮膚がんを否定出来ないということなのでしょう
 
 
腫瘍マーカーSCCの値も上がっていたことだし是非検査してください
 
 
次は12月26日に抜糸と病理検査の結果を聞きにきます
 
 
それで年内の治療は終了となりますがまだまだこの病院との縁はきれないようです
 
 
新年を迎えることが出来ます
 
 
 
ありがとうございます😊
 
 
 
 
 
酸っぱ痛い液体

昨夜、寝返りをうった瞬間

 
あ"〜、あ"〜、グゲっほ グゲっほ、ん"〜
(あー擬音は難しい)
 
 
ゲロー  ゲロー  ゲロー  チーン  ゲロー  ゲロー  ゲロー  チーン
 
 
思わず身体を起こさざるを得なません
 
 
酸っぱ痛い液体が上がってきました
 
 
枕を二つ重ねて頭の位置を高くして仰向けで脚を伸ばして眠りにつきます
 
 
これが酸っぱ痛い液体を防ぐために必要なことです
 
 
でもこの寒さです
 
 
自然と身体を横に向け脚を曲げて丸まってしまいます
 
 
その時に上の枕がずり落ちて頭の位置が下がってしまいました
 
 
無防備な状態で冒頭の酸っぱ痛い液体が上がってきました
 
 
咳き込んでも一度上がってきた酸っぱ痛い液体の余韻は暫くは喉、口腔内に止まります
 
 
ベッドの上で体育座りをして膝の上に頭を置いて耐えるしかありません
 
 
消化器系のがんサバイバーにしか分からないないことなのかもしれませんが、酸っぱ痛い液体が上がってくるだけで正常細胞が破壊されて"がん"が蘇ってきそうな気さえします
 
 
こんな身体になって、胃袋が胃管になっても"生きていくため"に胃にも腸にも、そして胃管縫合部にもできるだけ負担のないように食べて行かなくてはなりません
 
 
誤嚥をすると咳き込みます
 
 
その時に酸っぱ痛い液体上がってきます
 
 
この酸っぱ痛い液体の逆流と誤嚥だけは死ぬまで続きそうな感じです
 
 
 
酒と煙草にこだわった時代
若かりし頃、"酒と泪と男と女"という歌が流行りました


故 河島英五さんの代表作です


♫ 忘れてしまいたいことやどうしようもない寂しさに包まれた時に男は酒を飲むのでしょう ♩


🎶 呑んで呑んで呑まれて呑んでやがて男は静かに眠るのでしょう ♪


今回の病気で一人ぼっちの寂しさをイヤというほど感じた弱っちい私がいます


酒の香りと煙草の煙
若気のいたりで強がっていた時代がありました


何の裏付けも無いのにただ強がっているだけの若造


酒も飲めずに大人の世界には入っていけない時代でした


無理をして酒 🍶 を飲んではゲロを吐き又酒を飲む


今、思えば " 食道がん "になる典型な飲み方です


グラサン俺の酒が飲めんのか?!


そんな台詞が通用していた時代です



煙草の吸い方と酒の飲み方で男の格好良さが決まっていた時代があります



それが私の"がん"の元凶だったのかもしれません



昭和の時代は20代の若造が クラウンロイヤルサルーンに乗っていました



そんな時代なのです

青天の霹靂

私の”がん”でショックを受けたのは私だけではありません

 
 
色々な人達をショックの渦に巻き込んでしまいました
 
 
一番ショックだったのはお袋さま おばあちゃん ではないでしょうか?
 
 
6年前親父が肺炎で死ぬかもしれないと告げた日お袋さまは
 
 
おばあちゃん人間いつかは死なんといかん
 
 
そう言って気丈に振る舞っていたお袋さま・・・
 
 
今回の私の"がん"に関しては青天の霹靂だったと思います
 
 
身内に"がん"で死んだものがほとんどいなかったのでショックだったに違いないと思います
 
 
いくつになっても親は親、いくつになっても子供は子供
 
 
80歳を超えた老母に心配をかける出来の悪い息子です
 
 
今、"がん"との闘いが小休止しています
 
 
天に生かされているこの命
 
 
天からお預かりしているこの命
 
 
燃えつきるまで
 
 
ショボーン  ショボーン  ショボーン  ショボーン
 
 
お袋さまは、" がん "と闘う我が子に自分ができることを健気(けなげ)にやってくれていると思います
 
 
がんとの闘い、再発・転移の恐怖
思えば" がん "になった原因
 
酒、煙草、食べ物、精神(こころ)、仕事、いずれもの要因が重なり合って悪影響を及ぼしあって🤭この結果になったと思っています
 
 
 🚬  を吸っていなければ
 
 
🍺  を飲んいなければ
 
 
よく言われる事ですがこの後に及んで "たら"、"れば" を言っても始まりません
 
 
今の私に出来ることは再発・転移の恐怖と闘うファイティグポーズを取り続けること
 
 
それがたとえカラ元気でも・・・
 
 
誰かのために生きていたいと思います