アラ還おやじの食道がん闘病記 -14ページ目

アラ還おやじの食道がん闘病記

2018年3月8日(58歳)胸の痛みと喉の違和感で消化器内科を受診。
食道にがんが見つかり抗がん剤治療、食道亜全摘手術、そして"がんサバイバー"としての生活が始まりました。
幸いなことにまだ人生は続いています。
そんなアラ還おじさんのブログです。

悩んだり迷ったり落ち込んだりしている暇はありません

昨年の"食道がんステージⅢ宣告"から"命・治療"と"仕事・会社"の選択をせまられました

単純な話どちらを優先するか⁉️

当然のことながら"命・治療"を優先しました

昨年"抗がん剤治療"、"食道亜全摘術"、"胃管再建術"の手術を受けました

しかしながら術後僅か8ヶ月の今年2月1日の定期検診で再発と診断されてしまいました

再度の抗がん剤治療と初めての放射線治療を同時進行に行う化学放射線療法を受けてなんとか今は経過観察の身です

一昨日は漢方外来を受診、明日は術後1年2ヶ月の定期検診に行きます


朝一(7時45分)から血液検査が始まりその後CT(造影剤)検査です

診断は来週の金曜なので明日はなんの審判もありません

"再発・転移"しているかもしれないし、していないかもしれない

自分の身体でありながら私にはわかりません

"基本的には一喜一憂しない"

と決めました

"まだまだ死ぬわけにはいかんとです"

キセキは自分で起こす

再発・転移してようが諦めない


こんな例えが適切かどうかは別として

"会社が潰れる時はどんな時か?"

仕事柄若い社長さんに問いかけます

答えは大体

「赤字が続いた時ですか」

違います

"社長が諦めた時です"

"がんサバイバー"も同じです(あくまでも個人的な見解ですが)

諦めた瞬間からガン細胞は悪さを始めます

"抗がん剤治療の副作用"や"がんサバイバー"のQOLの低下や再発・転移による失望やストレスで

"俺がんばったよな、もういいかな楽になっても"って思うことがあります

でも

だから諦めない

というか人間は"誕生"がスタートならば""がゴール

""が人生の卒業式なのですがまだまだやらなければならないことが一杯あります

"再発・転移"しようが"余命宣告"されようがまだまだ死ぬわけにはいかんとです 


私を必要としている人達が一杯いるから






帰宅時に見つけた美味しいもの(多分)


ゴルフボール大のイチジクです

はい、スーパーで売ってるサイズです💪

明日が食べ頃だと思います

まだまだ一杯実っています


お袋さまの好物です

親孝行の一環として5〜6年前に私が植えました

自家栽培の一番のメリットは無農薬、完熟で収穫できることです

この時期は畑に躍動感が満ちています

手をかければかけるだけ野菜は応えてくれます

有機農法ではありません

化成肥料に頼っていますからね

有機肥料や有機資材で土作りができればもっと美味しい作物ができるのですが

まぁそれはそれで別の意味でやっかいなのです

畑にミミズが増えてきます

畑を耕すとそのミミズの多さにビビります

そのミミズを食べにモグラが穴を掘ってやって来ます

実際にはモグラを見たことはありませんが畑のトンネルは見ました

手はかかりますがいずれ有機農法で野菜ができればと思います

人間も野菜も薬はいらない

病気に負けない幹(身体)を作ればいいんだと思います

美味しい野菜や果実を自分で作って食べる

週末菜園では無理ですがいずれは野菜だけは有機農法で自給自足の旬のものを旬のうちに食べられるようになりたいと思います

ちなみにイチジクは嫌いなので食べません (笑)






今日は4週に一度の漢方外来の受信日でした

血圧は相変わらず100を超えません


まぁ体調に異常はないので気にしないことにしています

今日は診察と薬代💊で3000円弱です

今は治療もなく"がんサバイバー"のQOL向上⁉️ の為の漢方薬だけを飲んでいます


金曜日には3ヶ月に一度の血液検査とCT検査です

後は毎月の歯のクリーニングに行っています

''がん"になる前からの日常は未だに守っています

以前はタバコ🚬も吸っていましたしコーヒー☕️も飲んでいましたから歯周病の予防と着色を落としてもらっていました

''がん"になる前からタバコ🚬をやめていたら少しは体重が増えていたのでしょうかね?

たらればの話になるのですが時々考えたりします


そういえば昔タバコ🚬をやめた知人が体重が増えたと話していたのを思い出しました

それも"浮腫んでないかい?"って言うレベルで膨らんでいたのです

"太ったね、何kg増えた?"

「20kgっす」

"そりゃいかんね、痩せんといかんばい"

「そうなんすよ」


そして、彼の始めた対処療法はなんと喫煙でした

タバコ🚬をやめて太ったのならまたタバコ🚬を吸えば痩せるという理屈らしい

当時は今ほど嫌煙ブームではなかったので妙に納得した記憶があります

彼は今でも時々事務所に遊びに来ますが未だに電子タバコを吸ってはいます 😉

電子タバコを吸ったことがないのでよくわかりませんが煙のタバコ🚬よりは身体にいいと言っていました

健康に気をつけているのかいないのか⁉️

健康長寿を目指して気をつけて欲しいものです




昨日は梅雨が明けて初めての日曜日

体調もだいぶよくなってきたので2時間を目処に作業することにしました

1ヶ月以上放ったらかしの畑へ

怖いです😰

どうなっているんだろう⁉️

収穫だけはお袋さまがやってくれていますが手入れは「無理」だと

「どの枝を切ったらいいのかわからん」

まぁ仕方ないか⁉️



優先順位①
その前に除草剤を撒かんと


ここに



優先順位②
トマト🍅の手入れ

ごちゃごちゃと伸び放題に伸びています

支柱に誘引できていないので自重に耐えきれず隣の枝に寄りかかっている状態です


支柱を増やして誘引し直します

追肥をして中耕して盛り土して終了


これで持ち直すはずです


優先順位③
ナス🍆の手入れ

整枝、剪定、誘引をしていないのでこちらも枝が伸び放題です

枝には無数の花が咲いています

お袋さま、これに全部実がついたら重みで枝が折れますばい

その前にナスが自分で花を落とします


とりあえずばっさりと剪定します

そして整枝(重なっている枝、内側に向いて伸びている枝を切ります)

追肥して中耕、盛り土して終了


優先順位④
キュウリ🥒の追肥

水切れ、肥料切れで曲がったキュウリしかなっていません


取り敢えず追肥して中耕、枯れた葉を取り除き盛り土して予定の2時間が終了です


優先順位⑤
サツマイモの蔓返し

伸びた蔓が地面についたままになるとそこからまた根を張ります(発根)

それがまた芋に🍠なります

栄養が分散されてしまい小さな芋ができてしまいます


だから蔓を地面から引き離します


発根しています



最後はおまけのイチゴの手入れです

このまま放置すると昨年同様枯れてしまいます

無駄な枝や枯れた葉を取り除きます


取り敢えず除草して追肥します

割り箸で土を耕してたっぷりの水やりです


夕方には元気になりました


暑いので水分補給しながら休み休みの作業ですからなかなかはかどりません

来週は絶望的なスイカ🍉と里芋の追肥と除草、もう一つのサツマイモ畑の蔓返しとイチジクの緊急剪定の予定です


体調はだいぶ戻りましたが体力的にはまだまだのようです

たった2時間ほどの作業ですがその間は''がん"のことを忘れて無心でいられます

ラジオもテレビもスマホもない空間で野菜の為に汗💦を流します

滝のように流れる汗💦と一緒に身体の中の毒素も抜けていくようです

ちなみに新しい作業着を買いました



今週は明日7/30は漢方外来、金曜日8/2が3ヶ月検診(CT検査)です

来週末も気持ち良く汗💦をながしたいものです


福岡県は梅雨が明けました☀️

 
南部の久留米や小郡などでは災害があったようですが私の住む町では大きな被害はありませんでした
 
これから猛暑日が続くのでしょう
 
私は冷房の効いた部屋にほぼ1日中いる生活です
 
移動も歩くことはほぼ無く、車🚗ですから快適なのですが身体的には如何なものかと思う今日この頃です
 
毎日の歩数は1000歩前後なのです
 
漢方薬が復活してからは体調も戻りつつあり体重も少しずつではありますが増加しています(100g単位ですが)
 
 
ただ1ヶ月以上ほったらかしの庭や野菜はうーん
 
市道に面したカイヅカイブキの生垣は剪定の時期を逸して未だ膨張を続けています
 
裏はこんな感じになっています
 
郵便局の人はここを通って配達にきます
 
ここは野菜を植える畑ではないので除草剤を散布しようと思っています
 
写真ではなんだかわからないくらい徒長枝だらけのイチジクです
 
 
徒長枝の剪定や摘果をしてないので小さな実ばかりびっしりとついています
 
 
サツマイモ(紅はるか)はつる返しをしないといけない時期を過ぎています
 
明日は夕方から雨☔️のようです
 
今日は早めに床について早起きしてやろうと思っています
 
その結果はまたの機会に・・・
 
 
来週、定期検診があります
 
一喜一憂しないと決めていても正直に言うと気にならなくもありません
 
だから検査前には元気だった頃の日常を思い出して同じように生活するようにしています
 
まだまだやらないかんことが山ほどあるんです
 
まだまだ死ぬわけにはいかんとです
 
 
 
 
 
 
先日のことです
 
毎日の閲覧者数が1000人ほどのわたしのブログに異変が起きました
 
なんと閲覧者数がうなぎ登りにカウントされます
 
その日は最終的に3万1千件を超えて翌日はなんと3万3千件を超えました

フォローワー数も倍増です
 
メールの通知をPCで受け取る設定にしていたのでこんな感じでアメーバ一色になりました (笑)
 
 
 
さすがにメールでの通知は解除しましたが初めての経験にびっくり⁉️でした
 
 
ただそれだけ''がん"で悩んだり苦しんだりしている人がいるんだとあらためて知らされました
 
私が''がん宣告"されてから今日まで1年以上経過しました
 
その間に我が国だけでもあらたに"食道がんの宣告"をされた人は多分2万人以上です
 
ステージ0からⅣまで同じ"食道がん''でも状況は違うにしろ"がん宣告"による精神的なダメージや治療は似たようなものです
 
同じような思いで同じような治療や手術を経験し同じような生活を強いられて見えない恐怖と闘っている人がこの国には沢山いる事実を再認識させられた一日でした
 
決してメジャーな''がん"ではありません
 
なのにタチの悪い''がん"です
 
5年生存率どころか2年以内の再発が多いという''がん"で私も僅か8ヶ月で再発してしまいました
 
これからも再々発・転移の可能性は高いままだと思います
 
3ヶ月ごとの定期検診で経過観察中の身です
 
根治・寛解までの道のりは先が長いんです
 
一喜一憂していたらメンタルがもちません
 
見えない再発・転移という恐怖との闘いです
 
つまりは自分の心の中に潜む恐怖心に怯える日々なんです
 
自分は死なないと思う人はいないと思います
 
頭では人はいつか死ぬと理解できてもそれは自分のことではなくいつしか自分以外の人間のことになっている
 
"がん宣告"をされて初めて自分は特別じゃないことに気付かされて慌ててふためくのです
 
私もそうでした
 
まず、"なんで俺なんだ⁉️"と思う
 
"健康診断に行っときゃよかった"と後悔する
 
"神も仏もおらんのかいな⁉️"と人を怨む
 
そして"食道がん''のことをネットで調べ始める
 
先輩"がんサバイバー"の方のブログにたどり着いた
 
ほとんどの方は私のような闘病中か経過観察中の方ですが中には身内の方が代筆で旅立ちの報告であったり長い間更新がなかったり
 
 
私は食道がんステージⅢから始まっています
 
状況的には術後2年以内の再発・転移、5年生存率25%なのです
 
絶望的な未来です
 
 
何もしなければの話です
 
キセキは待ってても起きないことに気づいきました
 
私は今キセキを起こそうとしています
 
再発・転移が見つかったとしてもその時にできることを探してやっていきます
 
何かあるでしょう
 
できることが
 
 
 
"がんサバイバー"の生活っておばけ屋敷を彷徨っているようなものだと思います

おばけ屋敷におばけ👻なんていない

理解(わか)っているのに怖い

暗がりの中で手さぐりで歩いているとひょっとしたらいるかもしれないと思ってしまいます

今、私の身体には''がん"は無いということになっています

あくまで2019年5月20日の"前回の検査(PET/CT)では"という条件の元です

その前の2019年2月2日の"前々回の検査(造影剤CT検査)では"再発"でした

2回目の抗がん剤治療と初めての放射線治療の結果"再発がん"は壊死・瘢痕の可能性が高いという診断になりました

ややこしい表現ですが''がん"は枯れてカサブタになったということです

暗中模索、五里霧中です

''がん細胞"が身体のリンパに漂っていると思います

ひょっとしたら着床してワルさを始めているかもしれません

"がんサバイバー"は見えない恐怖との闘いです

3ヶ月ごとの血液検査とCT(造影剤)検査で腫瘍マーカーと画像の影の有る無しで判断されます

3ヶ月ごとの診断を受けます


次回の定期検診は来月2日です


一喜一憂しないようにしています

体重もこの4〜5日49kg台をキープしています



明日は久しぶりに菜園の手入れをしようと思っています




"がんサバイバー"という言葉すら知りませんでした

"QOLの低下"って何?

"ダンピング症候群"って何?

"腫瘍マーカー"って何?

胃液が逆流するってどういうこと?

ゲップが上手くできません

嚥下が上手くできません


手術をしてからわからないことばかり検査するたび、症状が出るたびになんで?

その度に主治医に聞いてそうなんだって

化学放射線療法(抗がん剤治療と放射線治療)の副作用ではなく多分一生付きまとわれる後遺症です

正直言って"聞いてないよ"

化学放射線療法どんな形であれ副作用があると確かに聞きました

手術中に命を落とす可能性も0ではないとも聞いていました

しかし数々の後遺症のことは説明がありませんでした

特にダンピング症候群は最近の方が起きやすくなっています

私の場合は後期ダンピング症候群なので食後1時間30分から2時間後に先ず軽い動悸が始まります

それがだんだんと強くなると同時に眉間に冷や汗💦が出てきます

そして悪心が始まり30分ほどえずきます

毎日毎回ではありません

食べ急ぐとこうなります

多分一生続くのでしょう

"それが生きていく"ってことで"生きている"ってことなんです


まだまだ根治・寛解の道半ばです

先が長いのか短いのかわかりません

これからも色んなことが起こると思います

一つ一つ向きあって1日1日を積み重ねて行こうと思います



抗がん剤治療を2クール終えた1ヶ月後、食道亜全摘術、胃管再建術の手術を受けました

 
2018年6月4日のことです
 
今日はその時のお話です
 
ゴールデンウィーク中に抗がん剤治療を終えて手術までの間にCT、内視鏡(胃カメラ)、エコー、X線検査などの手術に向けた最終検査を受けました
 
食道がんも小さくなっていました
 
体調も戻って予定通りに手術ができます
 
最後は家族同席の手術の説明がありました
 
不安と緊張で内容は覚えていません
 
朝8時30分に手術室に入るということでした
 
前日の朝から風呂に入ってタクシーで病院に向かいます
 
14時、3回目の入院です

東病棟819号室。
 
やっとここまで来たかという感じです

あとは明日の朝を待つのみということです
 
眠れるかどうかわかりません

ここまで来たらまな板の上の鯉です
 
そんな心境でした
 
翌朝、8時前には立会人の母、弟、叔父夫婦が来てくれました

何を会話したのか覚えていませんがすっぽんぽんに術衣をまとい手術室へ

手術室の扉は5~6個あったように記憶しています

5と書かれた手術室に入れられたと思います

扉はドクターXで見る光景とは全くの別物です

手術室の中もドクターXの広々としたものではなくタイル張りの食肉解体場のように見えました

手術室には麻酔科医師と看護師が待ち構えていました

しかし私には彼女たちが完全武装した牛や豚を解体する人たちにしか見えません

もちろん顔見知りは誰一人いないのです

執刀医のはずのK先生の顔もそこにはありません

今思えばそこにいる人たちにとって私の手術は特別なことではなく毎日のことであり日常なのです

一気に恐怖が襲ってきました

怖い!

それは死ぬかもしれないという漠然としたものではなく、これから腹を開かれ臓物を切られて腹の中をかき回されるという現実の恐怖に変わっていました

 ” よろしくお願いします "

という間もなく麻酔科医の麻酔の説明が始まります

そして有無を言わさず麻酔が始まりました

当然のことながらここから先の記憶はありません
 
次に目を覚ますまで・・・
 
 
手術後、目が覚めました

誰かの呼びかけにゆっくりと目を開けました

眼だけであたりを見回します

母の顔、弟、叔父夫妻の顔が私をのぞき込みます

何かを語りかけているようですが聞こえません

ここはどこだ?

一体何事だ?

 ”ああ、そうか手術が終わったんだな”

術前説明の時、手術中の死もありうると説明を受けていたので
 
 ”生きて生還できたんだ”

状況が呑み込めました

多分、ここは手術室を出たところだと思います

さすがに声を出すことはできません

口からも鼻からも管が入っています

後で気づくのですが体にも4~5本の管が入っていました

そして排尿のための管まで

当然身動きが取れません

麻酔が完全に抜けた状態ではないようです

傷の痛みも感じません

看護師さんの声が

看護師:「 今からICUに移ります

ストレチャーに載せられてICU(集中治療室)に移動です

当然ながら初ICUです

しかし医療ドラマでICUのシーンは見たことがあります

ICUに入ったようですがあちらこちらでうめき声が

顔を動かして周囲を確認することができないので状況がわかりません

”うう-”、”ああ-”、”いたい”

まるで映画で見る野戦病院の雰囲気です

広い病室にベッドが置かれてその周りに生命維持装置のような機器が取り囲んでいるようなところのようです

手術の終了予定は18時30分
(実際は2時間早く手術は終わっていました)

それから計算すると今は19時くらいなのでしょう

麻酔が切れたばかりのわが身なので眠ることはできません

目を閉じると神経が耳に集中されて遠くのうめき声を拾ってきます

夜になると慌ただしさに拍車がかかります

何故ならこの病院は救急病院だからです

救急車の音が夜じゅう響き渡ります

そのうち数回に1回は事故や重篤患者です

その患者さんは治療が終わった後、この部屋に運ばれてくるのです

この日は夜中にバイク事故で運ばれた男の人がいました

本人は今ここに自分がいる状況が理解できずに横についている看護師さんに大声で

" なぜ俺はここにいるのか "を聞いている

相変わらずあちらこちらで

” うう-”、”ああ-”、”いたい "

といううめき声が聞こえます

私の体には定期的に痛み止めが入るようになっておりほとんど痛みを感じません

まわりのうめき声がよく聞こえてきます

眠れるはずなどありません

ほぼ一睡も出来ずに、地獄のような一夜を明かしました
 
 
2018年6月5日術後一夜が明けました

私にとっては閻魔様と餓鬼のいる地獄絵図のような夜でした

それでも私は私が置かれている状況がわかっていません

身体に何本もの管がつながれ腕には点滴、鼻から酸素です

寝返りも打てず看護師さんが時折体位変換のため背中のクッションの位置を変えに来ます

午前6時のバイタルチェックは異常なし

今日は回復室に移動することになります

術後の消毒をされます

術衣の前をはだけてドクターXの術前の消毒のごとく瓶から消毒液をどばどばかけられ下のほうはおむつ式の紙パンツを広げて石鹸水をかけられてしごかれます

そしてここでクッキングペーパーの出番です

身体を拭きとるのにクッキングペーパーが使われたと思います

それも若い看護師さんからやられます

野戦病院のようなICUから回復室への移動です

野戦病院よりはましですが古いタイプの4人部屋です

他の同室者は同じような術後の患者ばかりです

今更記憶はないのですが居心地がよかったという記憶もありません

ここで一夜を明かすことになります

翌6日14時30分一般病棟、東病棟819号室に移動です

この時は、私も家族もほっと一息、地獄から生還した気分でした
 

今日は抗がん剤治療(化学療法)の副作用についてのお話です

 
2018年3月30日(金曜)から入院して4月2日(月曜)から1クール目の抗がん剤治療が始まりました
 
 
1日目はドセタキセル、シスプラチン、5-FU(フルオロウラシル)の3薬でした
 
当然初めての経験です
 
月曜からの抗がん剤治療は決まっていましたが当日入院していきなり抗がん剤治療を受けるだけの覚悟は出来ていませんでした
 
不安だらけの抗がん剤治療でしたから外科の一般病棟に事前入院させてもらって少しずつ慣れる作戦でした
 
当日は4人部屋の抗がん剤治療病棟(ハイケア棟)に移ってから始まりました
 
5泊6日120時間ぶっ続けで入るのが5-FUです
 
シスプラチンドセタキセルは初日の数時間だけです
 
その他にも吐き気どめや腎臓に負担をかけないための利尿剤などいろんな点滴が入りました
 
4月5日(4日目)の昼まではこれといった副作用はありませんでした
 
強いて言えば利尿剤による頻尿で夜中でもほぼ1時間に1回トイレに行くので熟睡できません
 
まぁこの位の副作用なら私は軽い人なのかもと思いました
 
この日は同部屋の人達が退院して4人部屋が個室になっていました
 
残る抗がん剤治療もあと2日で終了です
 
しかしこの日夜から恐怖の副作用が襲ってきます
 
20時過ぎ頃いきなり強烈な便意をもよおしました
 
トイレに行こうと思った瞬間に脱糞、水のような便を発射していました
 
こんなこともあろうかと入院初日から紙パンツを着用していました
 
トイレ🚽に行ってウォシュレットでお尻を洗い紙パンツの交換をすればいいと思って掛け布団をめくった瞬間に絶望的な光景が・・・
 
👿「あかん、漏れてるやん」
 
紙パンツは固形物なら阻止できるのでしょうが敷布団の上には具無しのスープカレーが漏れています
 
私一人の力ではどうにもなりません
 
ナースコールで夜勤の看護師さんを呼びます
 
シーツを替えてもらいその上からビニールシーツを敷いてもらいました
 
この晩はそれから2回お漏らしをしてしまいました
 
落ち込みました
 
その後も下痢は続きました
 
それ以外私に現れた副作用は次のようなものです
 
倦怠感
怠いです
 
味覚障害
口内炎、口唇炎の影響か味覚がおかしくなります
今まで好物だったものが不味く感じます
プリン、ゼリー、チョコなどのお菓子で空腹を満たしていました(美味しく食べられます)
 
嗅覚障害
臭いでムカついてきます
悪阻のような感じです
 
静脈炎
静脈に抗がん剤が流れます
炎症が起こり血管が黒ずみ時として瘤のように固く盛り上がることもあります
静脈炎自体の痛みはありません
 
 
口内炎、口唇炎
ミント入りの歯磨き粉が痛くて使えません
子ども用のフルーツ味のを使っていました
結構長引きます
 
悪心、嘔吐
味覚障害、食欲不振、倦怠感を含めてワンセットです
実際には吐くことはありませんでしたがえづきます
 
粘膜障害
鼻の粘膜が薄くなるというか出血しやすくなります
 
脱毛
抗がん剤治療2クール目の少し前くらいから始まりました
洗髪後タオルで髪を拭くとまあ抜けていました
つるっ禿げにはなりませんがマダラに醜く抜けました
眉毛、スネ毛、も抜けました
髭も生えて来ません
 
 
しかし悪いことばかりではありませんでした
 
抗がん剤で抜けた毛が生えてきたときには髪の毛が黒くなっていました (笑)

 
考えてみれば''がん"をやっつける薬とはいえ一種の毒です
 
まぁ無傷で済む訳がありません
 
 
抗がん剤が抜けるとほとんどの症状が改善されます
 
しかし食道亜全摘術、胃管再建術の後遺症に苦しめられます
 
つづく