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ひでのブログ

おもいうかんだことをいろいろかきます

人の他人に対する評価と自分に対する評価とは、
多くの場合、非対称である
そのことに対して意識的でなければ、
他人と自分を同じ見地から評価することは難しい
それは自分が他人に期待することと
自分に期待して欲しいことが異なるからであろう
ある場合には

たとえば、櫻井和寿というアーティストがいる
日本のポップアーティストの中でも
彼ほど評価の分かれるアーティストは恐らくいないだろう
彼は慈善家なのか、偽善者なのか
彼は無邪気なのか、確信犯なのか
彼は個人主義者なのか、社会派なのか
彼はもはや時代遅れなのか、流行に乗り続けているのか

人は彼に多くを望む
音楽家、詩人、ファッションリーダー、あるいは活動家・・・
しかし、一人の人は彼に一つだけであることを望むだろう
ただ歌だけを歌えばいい
ずっと青春を歌っていればいい
ただかっこよければいい
社会や環境のために歌って欲しい


彼はそんなたくさんの自己像の間で葛藤をしているのだろうか
いや、恐らくそんなことはないだろう
そんな時期があったにせよ

彼はむしろ楽しんでいるのではないだろうか
彼はその時々で自分のしたいことをする
ただし、自分の仲間とともに

彼はひとりでいる必要などないのだ


私は以前に比べて、
Mr. Childrenの音楽を聴くことは少なくなった
もう、飽きた?
確かに、その通りかもしれない
人とは変わりゆくものだから

ただし、別に聴くことをやめたわけでもない
ただ少しだけ距離を置くことにしただけだ
恐らく彼も同じなのだろう
いつからか、彼も自分から少し距離を置くことにしたのだろう

う~ん、いまいちまとまりのない文章になってしまった
言いたいのはこれだけなのだ

彼はときどき空々しいくらいに幸福に満ちた詞を書く
人はそんな彼を偽善者だとか無邪気すぎるとか言う
しかし彼はそんな非難についてはとっくに承知しているのだ
彼はもっと現実をみている
彼はもっと近くのことを大事にしている

自分の行為が偽善かどうか、そんなことは問題じゃない
自分の人生が幸福なのか、正しいのか、
それさえもさして重要ではない

彼が思い描く一人の人の心を動かせるか、その人を救えるか、
それが問題なのだ
ただ正しいだけの人間に何ができるというのか
本当に正しいのは恐らく何もしないことだ

彼は小さな幸せを大いに喜ぶ
それはこの世界全体は全体が幸せになるにはあまりに大きすぎるからだ
だからこそ、その小さな幸せが大事なのだ
それを彼は大事にしている

久しぶりにMr. Childrenを聴いて、そう思った