いや~一日サボってしまいました( ̄_ ̄ i)
あまりにも忙しかったのではなく
暇だったためです。
人間ってオカシイですよね。
あまりにも暇だったら
ブログを書く気も失せてしまいます(;´▽`A``
日本全体に鬱病の方が増えているのも
その辺のところと大いに関係ありそうですね(°д°;)
さて、昨日の続きですが
お金は使用する瞬間に価値が決定してしまう
ものだとお話ししましたが
例を挙げると「開運 なんでも鑑定団」なんか
おもしろい例になるのではないでしょうか?
あの番組、私大好きなんですよ(;^_^A
一言で言うのなら人間の執念みたいなものが
骨董品の鑑定によって
あぶり出される瞬間が好きなんですね
見ていてドキドキします((((((ノ゚⊿゚)ノ
で、あの番組と今回のお話の接点ですが
例えば、ある掛け軸が100万円の評価をされても
所有者がその掛け軸を100万円で売らない限り
実は所得は増えていないのですね
100万円の掛け軸をもっていき、100万円の買い物
をしようとしても恐らく断られるでしょう
あたりまえです。
一旦、現金にする必要があります。
そこに大きな落とし穴があるのです。
識者の方から価値があるという言葉を受けると
人は嬉しいから勝手に
その対象に「価値の創価」を行う生き物なのですヽ((◎д◎ ))ゝ
そして現金を得たわけでもないのに
100万円を得たような「気」になります。
このことはお金を使用する場合と得た場合、借金した場合、など
お金を使用する、あらゆる局面で発生する「感情」なのです。
そしてその感情はポジティブな人なら
「もしかしたら、120万円くらい値段がつくかも!」と考えますし
ネガティブな人なら
「もしかしたら、90万円くらしか値段がつかないかも。。。」
と考えるかもしれません。
しかし、ここに大きな「落とし穴」が潜んでいることに
大方の人は気づきません。それは。。。
買い手がいなくて、値段がつかないことです。
ふう、疲れました。。また、明日。。。
今日の金環日食は皆さん見れましたか?
私も子供の専用眼鏡でばっちり見ましたよヾ(@°▽°@)ノ
いや~きれいですね!なんか宇宙の神秘にふれたような
気がしました(*^▽^*)
さて、本日のお題は「お金」です。
これにあんまり興味ない人はいないと断言できるくらいに
皆さん興味がある対象ではないでしょうか?
お金・・・貨幣・紙幣・通貨・ect...いろいろ呼び方はあると
思いますが、お金と言えばガマグチを連想する人は多いと思います。
それほど「人間の思念」が入ったものはこの地球上では
存在しないんじゃないかなと思います( ̄_ ̄ i)
我々は普段、一万円を一万円と認識して使用していますが
実は使用する条件によって
具体的には
場所・時間・使用者という外部要因によって価値がコロコロ
変わるものだと認識している人は少ないのではないでしょうか。
特にこのデフレが10年以上続く、この日本においては
「お金」を絶対化して価値をHOLDしてしまう「クセ」が抜けない方が
多いような気がします(°д°;)
端的な例でいくと「為替市場」なんかみていると
お金の価値が刻一刻と変化しているのがわかりますよね(;^_^A
でも、普段の我々の生活には関係ないといえば関係ありません。。。
だって円が一円上がろうが下がろうが、夕食のおかずの価格は
変化しませんからw
だから、お金は使用するときに価値が決まってしまうものなのです。
この感覚は非常に重要だと思うのです。
明日へ続く!
私の毎日の日課は
愛犬の散歩です(^∇^)
毎日の散歩は疲れますよね
正直、行きたくない日は
あるけれど
愛犬の懇願するような目をみていると
行かざる得ない
気持ちになります(;´▽`A``
でも雨の日だけは
散歩はお休み
正直、ホットするσ(^_^;)
自分がいます。
散歩中にブログねた考えたりするんですけどね
いざ、PCの前に座ると
すぐ、忘れちゃうんですよ。
馬鹿ですね(゚_゚i)
愛犬「ソラ」
昨日の続きですヾ(@°▽°@)ノ
さて、近所に車を止めて
魔の路地裏へ調査に行った私は
とうなったか?
薄暗い路地を通りながら
例の角の家までいってみると
やはりあの置き石は
どうどうと鎮座していましたが・・・
どうも人がいるような気配がありません
恐る恐る、玄関をのぞいてみると
なんと「売り家」と不動産屋の
看板が掛かっていました。。。
う~んなんでしょう。
この感じ∑(-x-;)
「天網恢々疎にして漏らさず」
私の心のなかで上記のフレーズが
リフレーンしていました。
恐るべしこの世のシステムヽ((◎д◎ ))ゝ
