過食と私 -9ページ目

過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

かなり残念な一週間を送りました。

毎日稽古で忙し上に、なぜか飲み会が3つも重なり、自分をコントロールする気力を失って、なかなか立て直せない日々。
嘔吐もしました。
軽い過食もしました。


いろんな事が分かりました。
やはり「吐く」とダメです。
必ず次の食欲に襲われる。
必ずです。
食べたくないから吐いたのに、そのせいでまた食べたくなる。

その時の食べたさは過食したい気持ちです。

そこでさんざん葛藤した末に、太るとかいうことを諦めて、なんらかの軽食を食べてみる。
夜中だろうが運動不足だろうが、とにかく過食よりはマシだろうと思い。
すると単純に空腹が満たされ、それに伴って過食欲求も小さくなります。
満腹感にずっと悩まされはしますが、吐かない限り大きな食欲に襲われることはありません。

つくづく、嘔吐が悪循環を生み出す仕組みを思い知りました。

太ることさえ諦められたら大丈夫なのに。


今日から連休に入ります。

さっそく第一日目からどうなるのかと思いましたが、今のところ大丈夫です。
やはり、生活を自分でコントロールできる余裕をもてると違うようです。
一つ一つのことを自分のペースでこなしていけることで、満足感と安心感が生まれます。
食事や、自分の気持ちと向き合う余裕も出てくる。

完全に元通りではないですが、せっかくの5連休なので健康に過ごしたいと思います。



いろいろと辛いので、
彼について書きたいと思います。

彼は、少し変わった人だと思います。
表向きはいろいろ合わせているけれど、精神的にはかなり自由勝手な人です。
他人の言葉自体にはそれほど揺れ動かない。
自分自身が「これはいけない」とか思うと大いに考えるけれど、人の動向にはさほど影響をうけません。
その反面、自分を捨てて頑張っている姿やまっすぐな姿にはとても愛情を感じるようです。

甘ったれな私にとってはある意味けっこう厳しい存在です。
しかし、一方で、人間に対して冷酷な(?)ところもある私にとっては物事や人間に対する感じ方がぴったり合うことも多い。

基本的に、自分が中心です。
自分が良いと思うものが良い。
他人の意見も本気で納得したら受け入れる。
しかし、それでもどこかで自分の意識が一番上にある。

そういう感性はとても似ている。

そういう、プライドというか、ある種の自信は、他人がどうあれ揺るがないくらいに実は確固たるものになっている。


ところが私は、彼とは違ってわりと周りの人の反応が気になるので日々かなり動揺しています。
そこが、彼と私の大きく違うところです。

でも、私は彼のそんな冷たいくらいの感性が好きなのです。
自分もそうだから。
自分以上に温かい感性を持っている人は、私にとって欲しい反応ではない。

私の、冷めたものの見方に動じないくらいの彼の感性がありがたい。
ときに、私がさびしい思いをすることもあるけれど。


そんな風に思っています。

こういう思いがつのる時と、いろいろ疲れて嫌になる時がありあます。




今日はすっかり過食的な頭になっており、吐く可能性を考えながらものを食べたり、飲食店を通り過ぎてはドカ食いがしたくなったり、マクドナルドのメニューを想像したり、そんな一日でした。

情けなくて涙が出てきました。
まだ、どっぷり足を踏み入れたわけじゃないけど、その内一歩ずつ近づいていくのだ。
そう思うと生きるのが嫌になる。

まずお金がなくなり、健康を失い、とにかくふつうの生活のすべてを失う。

「食べたい食べたい食べたい、でも太りたくない。
 じゃあ、食べたいだけ食べて吐くしかないのか?
 どうして、こんな葛藤をしなきゃいけないのか?」

こんな事がぐるぐる頭のなかをめぐり続けていました。


ふと自分はまだ空腹なのかな、と思い当りました。
軽い夕飯を食べたけど、もっと食べなきゃこの気持ちはおさまらないのかも。

それで、食べました。
外出中だったので、コンビニでサンドイッチとカフェオレを買って。
思い切りがっつきました。

まあ、その後、いろいろあって、今にいたります。
サンドイッチで一応気持ちがおさまりました。
通常の食欲とは別の食欲はありましたが、
通常の食欲がおさまったことで少しだけ冷静になれました。

痩せたいけど、食べなきゃやっぱりいけないのだ。
この病気は。

はやく、落ち着きたい。
今の私は危険で仕方ない。
正直、とても残念です。
ぜんぜん思い浮かばなかった過食嘔吐という選択肢が、今や毎日一度は湧いてきます。

しかし、こうなったからには気持ちを切り替えないといけないのでしょう。
「せっかく治っていたのに・・」と嘆いていても意味はない。
嘆きたいのはやまやまだけど。

今は今の症状に向き合うしかありません。
失敗もします。
悲しいかな、制御しきれないときもある。
しかし、こうなったからには仕方ない。

いつか書いたけど、「風邪」と同じ。
どんなに気を付けていても、ひいてしまうときはある。
そうなったら治療するしかない。
そしていつかはまた元気になるはず。

自分の受け取り方次第なところがあります。
















太るとなぜにこれほどの敗北感を感じるのでしょうか。

「負けた」と言う気持ちがどこかにある。
それはおそらく、今まで「勝った」という気持ちがあったから。

そういう自分の卑しい気持ちは知っていました。
どんなに自分をたしなめても、フツフツと湧く優越感。
湧くものは仕方ない。
自分に出来ることは、そいつを意識して無視することでした。

太ったり、あるいは病気が再び襲ってきたら今のような気持ちなる事も予想していた。
そしてその時がきた。

この敗北感が変にねじくれまがった感情を生んで、さらに悪い方へ自分自身を引きずり込もうとしています。


今、いろんなことに負けてはならない状況に立たされている。
劣等感、敗北感、流される心、一時の欲求。

いろんな卑しい感情が私の隙を狙っている。
何度もフラッと引き込まれそうになる。

ときどき泥沼に片足を踏み込んでしまう時もあります。

今日も危なかった。

辛いです。
こんな葛藤。
おさらばできたと思っていた葛藤。

これから逃れるには、今のこの葛藤に勝つしか道はありません。





今、吐きたくなるのは、ひたすら太りたくないから。

過食衝動はありません。

でも食欲はあって、ついつい食べ過ぎてしまう。
だから吐きたくなる。

こういうことから始まって吐くことが日常化したら、そのうちに過食衝動も湧くようになるのだと思います。

衝動がないだけでもすごくありがたいことです。
そこは意識して気を付けよう。

せっかくおさまった衝動に再び苦しむようなことにならないように。

アレが襲ってきたら、お金も時間も気持ちの余裕も何もかもうしなってしまう。

いろんな事を思い出そう。
一時的に痩せることよりももっと大切なたくさんのことを。
衝動がやんで取り戻せたものたちを。

克服に向けて、今が最大の正念場です。
太ったことで、気力や希望が低下してしまっている。

いつかこの山場を乗り越えられたら、もう一つ先の段階へ進めそうです。
わたしには、今のこの経験が必要なのだと思います。