過食と私 -6ページ目

過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

またこびてしまった。

嫉妬に狂って。


ああ、情けない。


自分が一番じゃないとイヤ。

これ、なかなか消えない。
彼の心の闇の部分。
彼のおおらかさに隠された部分。
こんなにも深いものが隠されていたのかと驚き、そこまで想像できていなかった自分の至らなさに罪悪感を抱きました。

自分の心の狭さ。
どこかで自分が一番苦しいと決め付けているから人の心の底を思いやることができない。


彼は私とは違う病気を持っています。
それは見た目にもわかる類のもので私も知っていました。

そのことで自分を恥じて、とても傷ついてきた話をしてくれました。
それが私が思った以上に苦しいものでした。

私の中で、彼は彼の性格上、その病気のことも私とは違って自分なりに賢く決着をつけているのではないかと、知らず知らずのうちにそう決めてつけていました。
辛くない事はないけれど、私みたいに打ちのめされる程不器用じゃないと。

確かに私のような不器用さはないけれど、それでも苦しいときは苦しい。
もがきにもがいたうえで、今の彼がある。
そんな当たり前のことに私は気づかなかった。
理解する力がなかった。

想像しようと思えばできたはずです。
彼の言葉の端々にその要素はあったから。

ただ、私の考えが私の中で完結していたばかりに分からなかった真実。

彼が赤裸々に話してくれているその間、彼も私もいつしか涙が止まらくなっていました。
私は自分のキズと重なってとても苦しい気持ちになった。
目の前の彼が同じ気持ちを味わってきており、なおかつ私を受け入れてくれていることを思うとたまらない気持ちになりました。

自分は彼の何を見てきたのだろうか。


深読みしすぎるのがイヤという思いはあります。
勝手な妄想で都合の良い人物像を押し付けていたりすのが怖い。
でもだからって私は思いやることも一緒に投げ出してしまう。
その辺のバランスが自分にとっては難しいところです。

しかし分からないものは分からなかったのだから仕方ないとして。
今回分かったこのことを胸に、これからやっていったらいいのでしょう。





今日はいろんなことがあり、いろんなものを見て、心が、揺さぶられ過ぎた。

喜び、後悔、苦しさ、いろんなことが心の底辺の方でざらざらとうごめいている。

なんだか悲しくなったりもする。

きっと人生のどうしようもなさや無常なんかを感じているのかな、と思ったりする。


起こったことの一つ一つ、かわした言葉の一つ一つが妙に刹那的に感じられて寂しくなってくる。


でもこれは比較的幸せな時の苦しさの感じ方だと思う。
不幸な時の苦しさは本当に、ただひたすらもがき苦しむしかない苦しさだから。

欲しいものがありすぎて辛い。
調子いいときというものはあるもので。

いつもより軽やかに会話をこなせるとか、いい感じに楽しく人付き合いができるとか。
少しばかり、自分に自信が持てるとき。
この数日そういう感じでした。
でもまた反動が来ています。
それを反動と決めてつけているだけかもしれないけれど、不調の波がどーんと押し寄せてくる。

調子いいときの心地よさに執着するからでしょう。

でも、自信がないから、ノッてるときの自分のうわべに固執しちゃうんだよね。
いつも。

それは痩せているときの自分に固執するのと同じ心理です。


今現在、自分は痩せているのか太っているのかよく分からない。
ここ2ヶ月以上体重を量っていないから。

病気の方も、ひどくなったり、おさまったり。

いろいろとよく分からない状態で日々が過ぎて行きます。


でも自分が何かに強く執着しているときというのははっきりわかる。
現状が崩れることに異様に不安を抱えてて、余裕がない。

物欲であったり、痩せ願望であったり。
それが、生きる上でそれほど重要ではないのに、どうしても自己顕示にこだわってしまう。


なんど回避できても、またその波がやってくる。
回避して少しおおらかになれている時も、その波を恐れています。







ふとしたきっかけから、パートナーとけっこうマジメな話になりました。

我々の共通の知り合いの人々の話から始まり、二人がお互いに相手をどう思って接しているか、というような内容になっていきました。
2時間近く。
滅多にないことです。

私は彼のことを私なりに理解しているつもりでした。
でも、私が思っていた以上にいろんな事を考えていた。
思っていた以上に私のことを理解していた。
いや、見抜いていたという方が近いかも。
これは嬉しい驚きでした。

私も私で、彼に対する理解を話しました。


今、モヤが晴れたように感じています。

明るみに出さずに、なんとなく自然に任せていることで解決するのかもしれない、と思うようにしていたことが話し合う事でいくつかはっきりとしました。

溜め込んだモノを語る事は恥ずかしく、若干不安でもありましたが、結果的には相手への信頼が深まって精神的に楽になりました。

またモヤモヤが溜まっていくのでしょうが、何かのタイミングでこのような場を設けることができたらいいなと思います。