過食と私 -3ページ目

過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

4月にストップしたのは束の間で、お金が入るとまたすぐに始まりました。


7月初旬、あまりに金銭面の困窮をきっかけに、ようやくやめる決意をしました。


時間とお金と他人への誠意を失い。

その上私の場合、吐いて痩せることはもうないらしく、この過食嘔吐に対して一時的なメリットを感じることすらなくなりました。

さらに、低血圧がひどくなり会社で一日をこなすのも大変。


吐かないと決めてから、前回過食がとまった時期以上に自由に食べられるようになりました。

その背景には昨年から始めたジムがよいがあります。

とてもゆっくりとしたペースですが、徐々に筋肉もつき運動の習慣が身に付きました。

「細くはなくとも、よく動いてよく食べる健康な体」

そういうイメージにとても支えらます。


今回とまって3週間。

この間に、焼肉を二人前くらい食べた夜もありました。

飲み会でしこたま飲み食いしたこともありました。

人と会ってソフトクリームを食べた後にてんぷらを食べに行った日も。

夜中に目が覚めて空腹を感じて、冷蔵庫のおかずの残りをたべたことも。

21時過ぎて夕食をとることもしばしばあります。


気を付ける事ができるときは気を付けながらも、欲求に勝てないときは積極的に食べる。

これだけのことをやっても、太りも痩せもしていません。


今思うのは、今の感じが自分に適当だということ。

食に関するストレスもなく、体も元気を取り戻しています。

痩せたいという思いはあります。

食べる量をもっと気を付けたら運動しているのだから痩せるだろうとは思います。

でも、量に今以上気を遣ったら、多分猛烈に吐きたくなる時がくる。

何度か我慢しても、いつかは嘔吐につながります。


あまり覚えていないけど、去年の春から夏にかけてやめられていた時はジムに通っておらず食べることに今よりずっとナーバスになっていました。

もちろん、その時でも、その前の自分に比べたらとても改善されていたのです。

でも痩せたくて、量を調節して、ある時吐かずにはいられなくなりました。


他の事情との関連もありますが、「食」と「痩せ願望」に限定して思い起こせばそんな感じでした。


だから今回は今を維持しようと気を付けています。

太りもやせもしないこの感じを。

食を調節して痩せることをしないように。

ただただ動いて食べて、健康で頑丈な体になっていくイメージを抱きつつ。


もう一つ去年の失敗から学んだのは調子に乗らないこと。

いくら過食が止まってやや活動的になったとしても、自分のキャパはそれほど変わらないということ。

人付き合いに感じるストレスとか、人見知り度合とか、人の自分を見る目が怖い感覚とか、それらはバリバリに健在。

余裕のあるペースを守って活動するよう慎重に進んでいます。



今のところ、8月に小さな公演を控えていますが、そのあとはしばらく公演を入れない予定。

去年は立て続けに公演を入れて人付き合いで破たんし、過食嘔吐に埋没してしまいましたから。



また失敗するかもしれない。

それは本当に不安です。



しかし、前より何かを学んでチャレンジしていく。

そういうことを繰り返して上手に付き合っていくしかないのかもしれません。



































数か月に及ぶつらい過食嘔吐がようやくとまりました。
昨年の春に10数年の過食を脱して、夏までは順調でしたが、新しい職場やプライベートでの人間関係と忙しさが重なり徐々にもとの状態に戻ってしまっていました。
立て直そうと何度も試みるも挫折して、だんだんと諦めが襲ってきた。

先週いよいよお金が底をついて将来の不安がにわかに現実として迫ってきました。
やめなければ。
食べよう。
そう強く思いました。

経験で食べればある程度うまくいくことは分かっている。
ただその気になるきっかけを作れなかった。

今週まだ一週間ではありますが、順調だったころの感覚を取り戻しかけています。

半年前から始めたジム通いも大きな心の支えです。
たとえ太ったとしても、鍛えていると思えば前向きになれます。
健康だと思えば強くなれる。


それにしても、つくづく摂食障害は心の病気なのだと思いました。
食べれば治るという体の構造上の問題だけではない。
精神状態が大きく影響してしまう病気。

自分の日々を振り返って、自分ができると思っていたことが実は無理なことだったということを思い知りました。
このブログの記事を読み返しても、精神が悪化した状態はあきらかでした。
そして一度はまり込むと修繕にとても時間がかかる。

自分のペースや弱さを理解して、上手に付き合わないといけない。
いろんなことを諦めなければいけないでしょうが、その反面いろんな充実を手に入れることもできるでしょう。

そうやって少しずつ自分の生き方を掴んでいくことが治療なのかな、と思います。

もしも今回の回復が続けられたら、今年は慎重に物事にチャレンジしていこうと思います。









今更ながら、自分がとても「女」なんだな、と自覚した。

どこにいても、女を意識して女に張り合って女に嫉妬して、男の態度の差を気にしている。
女が苦手なのは自分が女だからだ。
女がたくさんいると気持ちがかなりかき乱される。
冷静でいられなくなる。
ささいなことでの動揺が激しい。

きもちのいい女の方ではなく、女くさい女。

なるほど。

一時「男っぽいかも」などと勘違いしていたころもあったけど、そういう人に限って女くさいというのはけっこう当たっているなと思った。
ガサツとか面倒くさがりとかいうのが必ずしも男らしいとは言えないわけだ。
ある部分ではドライでも、内面はジトジト。


女が女くさいことは別に悪い事ではないとは思う。
ただ自分は、こんな自分が嫌い。
それでも事実は認めるしかないわけで。
認めて、嫌なヤツになりさがらないよう気をつけていくしかないわけで。


自分を刺激しないよう、環境はできるだけ選びたいものだ。
病気にもよろしくないし。

いろいろ制限されるけど、しょうがない。
制限の中でも自由は見つけられるはず。





近頃だんだんとキレやすさがエスカレート。
些細なことでヒステリックを起こしてしまいます。

少しでもイラっとしたらひと暴れしないと気が済まない。
そんな感じです。
家で特に。
この頃は外でも抑えきれない時があり、家ほどひどいものではないけど、それでも私の態度に相手はビックリします。

いろいろとタガが外れて精神状態が悪い方に悪い方に流れている感じです。
小忙しさとか他人と会う頻度だとか考えなければいけない事、責任を感じること、様々なことが少しずつ自分のキャパを超え始めている。
どうしたらいいのかわかりません。

ただ今日一日をできる限り穏便に過ごせるよう努力すること、それだけです。
いら立ちに耐えて。

昨日も一昨日もわめき散らしてしまいました。
こんなことだから子供なんて欲しくないと思う。
こんなヒステリックな人間を親に持ったら、子供はぜったい不安を抱いて育つから。


自分の気持ちいろんなことがまた分かって、ふっきることにした。
分かったからきっとふっきれる。

虚しさや悲しさや惨めさはきっとずっと後を引くだろう。
何かの拍子にまた思い出されてしまうだろう。

でも今はふっきるしかない。
揺れに揺れた心。

本当にドロドロでどす黒くすさんで、自分が世の中の誰よりも陳腐であさましく思えた一日。
涙するのも恥ずかしいくらい。

こんな人間もいるんだ。
それだけのことだ。

前向きとかいうレベルじゃない。
ただふっきるしかない。