私をつぶすもの
対抗意識。
勝ち負けの意識。
優越感と劣等感。
私を守るもの
身近なものを思いやる意識。
身近なものに感謝する意識。
私を守る意識で頭をいっぱいにできれば夢のような話だけど、
それは非現実的だし、私ではない。
私をつぶすものがあるからこそ葛藤があり今の私という人格がある。
消し去ることはできない意識たち、そちらに気持ちが偏ればやはり私はつぶれる。
なんとか消化するなり、バランスをとるなり、うまく付き合うなりできるようになるといい。
自分のために。
私をつぶすもの
対抗意識。
勝ち負けの意識。
優越感と劣等感。
私を守るもの
身近なものを思いやる意識。
身近なものに感謝する意識。
私を守る意識で頭をいっぱいにできれば夢のような話だけど、
それは非現実的だし、私ではない。
私をつぶすものがあるからこそ葛藤があり今の私という人格がある。
消し去ることはできない意識たち、そちらに気持ちが偏ればやはり私はつぶれる。
なんとか消化するなり、バランスをとるなり、うまく付き合うなりできるようになるといい。
自分のために。
古い知人との飲み会がやけに虚しくて、酔ってじゃれ合うだけの付き合い、酔わなきゃ楽しくない付き合い、そういうのが久しぶりに虚しくなって、そこでちょっとチヤホヤされる事を求めていたという自分の有り方も虚しくなって、お酒の味を受け付けなくて、ジュースみたいなものばかり飲み、それでやけ食いのようにむさぼっていた。
それでも酔いが回るとどうでも良くなるような自分がいたりもした。これ以上酔うといつもと同じだと思って、それはいやでお金ももったいなくて退散した。
ずいぶんと長い付き合いなだけに、虚しさと、自分が虚しさを感じていることへの罪悪感とが合わさってずっとモヤモヤしており、太ったことへの苛立ちがむくむく前面に出てきて、それなのに食欲はどんどん病的な方に成長しているし、そんなこんなで嫌なイメージが頭を占める。
何もかもが腹立たしく、悪意に見えてしまい、不機嫌になる。
と同時に、実は周りの人たちみんなから軽蔑されているのではないか、という被害妄想。
自分の言動にビビる。
で、また食欲に走りたくなる。
貪り食いたい衝動をごまかすためにところてんと胡瓜をバカ食い。
苦しくて、物足りなくて、さらに食べて、さらに苦しくて。
家では夕食が遅くなったことに腹をたてて、母に切れてしまった。
久しぶりのヒステリック。
一念発起して、ジムへ行き、張ったお腹を抱えながら汗を流した。
少しだけ落ち着いた。
何かの反動が来ているんだと思う。
生理が来るのかもしれない。
そうスムーズに事が進むことはないだろうとは思っていたけれど、来たなという感じだ。
この憂鬱と被害妄想の誘惑がとても危ないのだと思う。
なんとなく危機感を感じていながらも、有効な対策を思いつけない。
吐いて痩せても同じことの繰り返し。
もっと重く暗いものを背負うだけ。
お金に追われて。時間に追われて。
お願いだから逃げないでくれ、と自分に言い聞かせる。
自己嫌悪とか、そんなことに集中している場合じゃない。それこそワナだ。
本当に寝ても冷めても食べても、まだ食べることばかり考えます。
油断したらいくらでも食べてしまう。苦しくなっても。
気にするから余計に意識するということもあるのでしょうが、それ以上に自分は食べることが最上の喜びと言っても過言じゃないくらいに食べることが大好きなのだと思います。
そう思うようにしてからは、「食べたくて嫌になる」のではなく「次は何食べよう」と楽しみににするような気持ちに少しずつシフトしてきました。シフトするように気を付けてもいます。
美味しいものを自由に食べたいから、それ以外の時は節制するし、運動も頑張る。
そういう風にしていたら、必然的に年がら年中「食べる」事を考えるようになります。
例えば週末どこそこのラーメン食べに行きたいから今週は控えめにしよう、とか今晩は焼肉だから朝晩は控えてジムでしっかり汗を流そう、とか・・。ここ最近の自分がまさにそれです。
それでも目的がポジティブならば(美味しいものを自由に食べたい)、食べることが気になるというのも精神的にも悪くないのではないかなあと思い始めています。自然なことなのかな、と。
とは言え、自分には過食嘔吐という爆弾が潜んでいることは忘れてはいけない。
太ることはいつまでたっても辛いです。
少しでも痩せると妙な自信がつくことも変わらない。
そういう気持ちの揺れを野放しにせずに、心のどこかで目を光らせておかなくちゃいけない。
今日も美味しいうどんを食べに行き、夜は飲みの予定です。
朝から食にかなり気を使っています。
すでにカロリーオーバーの不安が襲ってきたりもしています。
そんな感じでなかなかスマートにはいきませんが、少しずつ。
食欲が止まりません。
ちょっと暇になると、一時間に一回くらいのペースで何か食べたくなる。
運動もしているけど、おそらく食べる量は消費カロリーと上回ることが多いような気がします。
しのげるときは野菜とかでしのぎますが、やっぱり白いご飯をしっかり食べたいとか、ソフトクリームを食べたいとかそういうのがむくむくしたときはあまり我慢しないようしている。
今の感じの生活で太るのか太らないのか、まだよくわかりません。
ただ、食欲の欲求不満はあまりない。
このちょっと食べ過ぎくらいが欲求的には良いのだろうか。
「吐きたい」という気持ちはちょくちょく沸いてきます。
やはりどうしても太ることに敏感。
吐いてチャラにしたいという発想は消えません。
だけど、ここで吐いたらどの程度食べてどうなるのかずっとわからない。
もしも再び吐くとしても、今の感じを続けてどうなるのか、それを見届けてからにしようと考えて思いとどまっています。
正直もっと痩せたいです。決して細くはないから。細い体を理想に感じているものとしてはもっと痩せたい。
ただ一方で、食に対して今くらいの自由を感じ続けられるなら、この太さで元気にいる方が幸せだなあとおも思う。
それはふとした瞬間にすごく思います。
過食嘔吐による暗く重い気持ちを背負ってないと気づくときに。
しかし、これだけ思っていても、自覚していても、劣等感にさいなまれすぎたり、精神的にキャパを超えたりするとどんどん食に逃げたくなって、それと反比例するように痩せたい気持ちが膨れ上がって、過食嘔吐のループにはまってしまう。
今度は前よりももっと慎重にやっていかなければと思う日々です。
行けるところまで。
過食がとまってひと月。
続けられています。
相変わらず食べすぎる機会も多く、そのたびに葛藤があります。
こんな葛藤続けていたらいつか破たんするぞ、とは思うけれど葛藤してしまいます。
カロリー計算しちゃうし。
とにかく吐かない、それしかない。
飲み会とかの前後はカロリー抑えたり野菜をたくさん食べたりします。
そういうのもうまくいったりいかなかったり。
体調が悪くてジムに行けない日が続いたり。
だんだん食を意識する事にストレスがたまって、ある日いらいらがはじけて過食がしたくてたまらなくなりました。
過食というか、いっぱい食べたい!という気持ちがあふれた感じ。
後で吐かないように、コンビニでサラダや豆腐、ねりもの、枝豆を買って、ビールを飲みながら全部たいらげました。お腹いっぱい。
やっぱり吐きたくなったけど吐きませんでした。
こういうことも含めて、吐かずにやり過ごす経験を重ねていくことが必要不可欠だと言い聞かせて。
少しでも吐いて乗り切ったらその分臆病になるのは知っている。
それでも2度くらい、食べすぎて喉にあふれてきたものを少し吐き出したことがあります。
すごく後悔しました。
昨日は日帰り旅行でたくさん食べました。
旅行ではできるだけ食べたいだけ食べようと思っていました。
そうできないと楽しくない。
そうするために普段気を付けるようにしているのだから。
今日になってもお腹がはっているくらい食べて、おいしくて楽しかったけれど、正直不安もいっぱいです。
今日はカロリー計算ばかりしてしまいます。
それでもやっぱり吐かないことが大事なんだと思います。
そんなこのごろです。
いろいろ葛藤はつらいけれど、やっぱり過食のない毎日は充実しています。
日々の雑用をしっかりこなすことができるし、経済的なプランをたてることもできる。
とにかく地道にまじめにやっていくしかありません。
自分のために。
どこまでできるか、不安は常にあるけれど。