ついに来ました。ちょっとアーティスト紹介の趣向を変えて、私のバンドデビューの話をしてみまつ。モッズの話はあとでちゃんと書きまつよ。
そもそもモッズとの出会いは中学1年。ちょうどデビューしたかどうかの頃。ずっと中止になってた学園祭が復活することになり、
「それなら浜田省吾のコピーバンドばやろう!」
と話していたら、
「これはどうや?」
とモッズのファースト「FIGHT OR FLIGHT」を持ってきた。
「なかなかいいやん」
と即決。
私はじゃんけんで負けてベース。しかもベースギターは持ってなくて、なぜかシンセ(当時はYMOとか好きだったんで・・・)。
結局、シンセベースっすよ、鍵盤で「不良少年の唄」を弾いた人は後にも先にもいないでしょう。
で、何する?ってことになって、「不良少年の唄」「WATCH A STEP」「崩れ落ちる前に」「TWO PUNKS」「NO REACTION」に決定。
唐の原にあるミツバスタジオで練習してたら、どうも学校側が検閲したいと言ってきた。笑いの大学か?
そもそも学園祭が中止されていたのは、かつてバンド演奏を行ったときに大騒ぎになったみたいで、どうもどんな曲をやるのかがきになったらしい。教頭とか担任とかが練習スタジオに観に来ることも前代未聞。で、何を言われたかと言うと
教頭「TWO PUNKSと言う曲はやったらいかん!」
俺達「なんでいかんとですか?」
教頭「歌詞がいかん。PUNKというのは良くない」
俺達「一番メインやん・・・」
言うことを聞かないと、演奏できないらしいので仕方なく条件をのむ。でも歌詞とかタイトルやったら「不良少年の唄」がよっぽどいかんやん・・・。
結局ライブ当日は4曲に減らされて、しかもPA代は学校は一切出さず。自分たちでワリカン。予算がないので普通左右に置くPAスピーカーを一つだけ。アンプは持ち込み、当然返し(モニター)もない。
ボーカルの雷シンセ(ローランドのSH-101だっけか?やたらと雷の音がリアル)きっかけで、幕が上がり演奏スタート!
1500人集まった講堂がおとなしい。・・・なんで?あとで解ったが、立つと怒られる仕組みになっていたみたい。先日のミスマジのコメントにあったエレカシのライブと一緒やん(爆)演奏が終わると体育座りで拍手(なんやねんそれ)。
ただどうしても自分の音が聞こえない。ボリュームもMAXなのにギターやタイコに消されて聞こえないんす。当然ミキシングも何もしてないんでみんなやりたい放題。
自分の音が聞こえないシンセベース君(オレ)は、既にボリュームツマミがMAXなので次なる手として徐々にオークターブ(音階)を上げていく作戦に。
結局、ベースではなくなってしまっていたらしく、只のキーボードと化していたのでありんす。「ぶんぶん」という音が「ふぁんふぁん」と変わっていたらしく、その後「ファンファン大佐」と呼ばれてますた。
その後、あんまり悔しくて、親に借金してベースギターを買いましたよ。フェルナンデスのBCリッチもどき(今で言うXのHIDEモデル)。その数年後、ホンモノのBCリッチの方が安くなったことにショックを受けたものでした。それでも毎日DM配達しながら親に借金返してますた。
これが私のバンドデビューとベースを担当することになった経緯でつ。




