私、怒っております!! -10ページ目

伝統工芸の現実

私は西陣織で使われる引き箔を制作しています。
不景気で贅沢品が売れず、西陣織の業界は年を追うごとに厳しさが増していました。
その様な状態で大震災が起きました。
直接的な被害は当然京都はありません。
しかし私達の業界はこの震災で一気に雰囲気が変わりました。
再起不能となるかもしれません。
織屋や問屋は何とか生き残るかもしれませんが、その下に居る職人たちは多分、私も含めて生き残るのは無理でしょう。
生き残った織屋が次に新しい帯を作ろうと思っても、その時には職人が殆ど居ない状態になっていると思います。
現在の西陣織に携わっている職人の平均年齢は70歳を超えていますから、10年~20年の間に西陣織は静かに無くなると思います。
精々記録として残るだけとなるでしょう。
産業としては滅びると思います。

私自身は看板を下ろす事はしませんが、仕事の形態は西陣織から一歩引く事となるでしょう。
伝統工芸とは聞こえはいいですが、現在の様な産業構造の中では生き残るのがとても大変です。
本来生活に密接に結び付いていた伝統工芸が、産業構造の変化で生活から切り離されたものになってしまいました。
その為、平和でないと成り立たなくなったのです。
今現在、日本は平時とは言えなくなってしまいました。
経済的にも厳しくなっていくでしょう。

これが、今現在の日本の伝統工芸の現実なのです。



この国のリーダーは総理大臣ではなく天皇陛下の様です

アメリカのオバマ大統領が天皇陛下に手紙を書いたそうだ。
総理大臣の菅直人ではなく天皇陛下にだ!

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

確固たる支援続ける…天皇陛下に米大統領が手紙
在日米大使館は31日、東日本巨大地震を受け、オバマ米大統領が天皇陛下に送った24日付のお見舞いの手紙の全文を公開した。

 「壊滅的な被害と多くの人命の喪失は大変痛ましく、この悲しみの中で、私たちの祈りは日本の皆さんと共にあります」と哀悼の意を表明。「危機への対応に際し、日本国民が見せた勇気、強さ、決意を、全ての米国民を代表して心からたたえます」と日本の震災後の対応を評価した。また、「友人、パートナー、同盟国として復興・再建を果たそうとする日本の人々に対し確固たる支援を続けていきます」としている。

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

もしかしたらアメリカは頼りなくて信用できない現政権にあまり関わりたくないのかも。
でも日本は放っておけない。
だから天皇陛下には最大限の礼を尽くそうとしているのではないか?

菅直人、これほどリーダーの素質の無い総理大臣も珍しい。
普通は在職している内に経験値を積んで総理大臣らしく成っていくものなのに。
こいつは根っからの野党野郎なんだと思う。
国のリーダーなんて無理な奴なんだ!



東電の対応が腐っています

私、怒っております。

東電という会社は一体何なんだ!
素人の集団だったのか?

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

東電、避難住民受け入れゼロ=保養所、社宅多数も―原発事故で対応遅れ
 東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の放射能漏れ事故から2週間以上がたった。県内外の自治体や個人による避難住民受け入れや支援活動が進む中、保養施設や社宅を多数保有する東電による受け入れは29日午前の時点で行われていない。事故対応に追われているものの、日常生活が崩壊した周辺住民に当事者として迅速な支援をしていない姿勢は強い批判を浴びそうだ。

 原発事故で政府は20キロ圏の住民に避難指示を出し、20~30キロ圏の住民にも自主避難を求めた。これを受け、多くの住民が安全な地域へ逃れたが、避難所やホテルに滞在するなど、精神的、経済的負担を強いられている。

 一方、東電は12都県21カ所に社員用の住宅や保養施設を所有。この中には多くの人を受け入れられる施設もある。しかし、原発事故や計画停電の対応に追われ、福島第1原発周辺住民への受け入れは行われていない。

 東電による避難住民支援が遅れる一方で、他の電力各社は自社施設での被災者受け入れを始めている。東北電力は地震発生当日の11日から女川原発(宮城県女川町、石巻市)敷地内の体育館に、約240人の周辺住民を受け入れた。中部電力は自治体から要請があれば、社宅650世帯分と保養施設90室で受け入れる方針を示している。

 福島第1原発から20~30キロ圏にある同県葛尾村から福島市内に避難した白岩忠雄さん(79)は、東電施設が活用されていないことについて「避難生活を余儀なくされている村民から見れば、考えられないことだ」と厳しい口調で話した。

 東電は取材に対し、支援が遅れたことを認め、「今後、被災者の援助に最大限努力する」とコメント。近く、新潟県柏崎市内の社宅を避難住民に提供する方針を明らかにした。 

[時事通信社]

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

いくら非常時で原発問題に忙殺されているとはいえ、こういう事に頭が回らないとは・・・。

東電も素人、政府も素人、素人集団で事態を収拾できるのか?

くれぐれも現場の足を引っ張らない様に切に願うものです。



この悲劇を東電や政府の連中はどう思う?!

私、怒っております。

震災だけだったらこの悲劇は無かった筈だ!

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

出荷停止翌日に命絶つ 「福島で野菜作れなくなる」農家の64歳男性
 福島第1原発事故で福島県産の対象野菜の出荷停止が決まった翌日のことだった。18歳から農業一筋で生きてきた県中部の男性(64)が24日朝、家のそばで自ら命を絶った。水素爆発を伝える映像を見て以来、将来の不安を口にするようになっていた。「おやじはあの事故に殺されたようなものだ」。5年の農業経験しかない次男(35)が跡を継いだ。

 「寒いから服を着る」。24日午前5時ごろ、寝室から出た男性が妻(61)に残した最後の言葉だった。行方が分からなくなり、次男が自宅周辺を探し回った。約2時間後に見つけたが、手遅れだった。

 男性の上着ポケットには歩数計の機能が付いた携帯電話。画面は約700歩を示していた。丹精込めて作ってきたキャベツ畑を直前まで見て回っていたんじゃないか。次男はそう感じた。

 農薬や化学肥料の使用を極力控え、こだわり抜いたキャベツ7500個は十分に成長し、後は出荷を待つばかりだった。学校給食用も含まれていた。「安全な食べ物を子どもに届けたい」が口癖だった。

 「もっと安全に。もっとおいしく」。46年間の経験に旺盛な知識欲。農業専門雑誌を取り寄せるなどし、米と野菜の生産技術を磨いてきた。質の良い野菜は、周囲の農家もうらやむほどだった。
 「お先真っ暗。福島で野菜が作れなくなるかもしれんな」。水素爆発を伝えるテレビニュースを食い入るように見詰め、そんな言葉を吐いた。

 東京電力や国による損害賠償についても一向に情報が示されなかった。「すぐに生活が立ち行かなくなる」と口にするようになった。

 亡くなる前日には、基準を超える放射性物質が出たため出荷停止になったとのファクスが自宅に届く。遺書は見つかっていない。次男は「原発事故がなければ、地震から必ず立ち直っていた」と思っている。

 「誰もこんな悲劇に遭わせたくないから」と取材に応じた次男。「こういう形で、親の死に目に会うとは夢にも思っていなかった。おやじのああいう姿は見たくなかった」。唇は震えていた。

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

東電や政府の連中はこの悲劇をどう思うのか?!

この方は震災(天災)で亡くなったのではない!
原発事故(人災)のせいで自殺に追い込まれたのだ!

菅直人や東電の役員どもの責任は途轍もなくでかいぞ!



グレートありがとウサギの次はキングさよなライオン、ポポポポ~ン

グレートありがとウサギに続く第二弾!!!!
その名も、キングさよなライオン!!!!!!





いいぞ!キングさよなライオン!!
ありがとう!キングさよなライオン!!