なすの学習塾 塾長のブログ 那須塩原市 学習塾 -9ページ目

なすの学習塾 塾長のブログ 那須塩原市 学習塾

那須塩原市で学習塾の塾長をしております


日々の塾講師ライフでの出来事・気づきを徒然なるままに...


13日午後23時に発生した地震の影響で、停電状態が続いています。

発生時刻が深夜帯だったことと、停電している範囲の広さから、朝になっても復旧していない可能性もあります。

その場合、暖房やコピー機等が使用できず、塾生の皆様に学習して頂ける環境が整わないことから、

ひとまず午前中は休講とさせていただきます。

午後の教室解放の有無については、
このブログをご覧頂くか、個々にご連絡させていただきますが、

携帯の充電も朝までもちそうにないので、思うようなご連絡ができない場合もございます。

・ご家庭の停電が続いている場合は、午後の通塾もお控えいただきますようよろしくお願いいたします。


面接練習で生徒さんに、「いじめについてどう思うか」という想定質問をすると、

「いじめは良くないがいじめられる方にも問題がある」

という答えが返ってくることがあります。

いじめがテーマの質問になった時、「いじめられる方にも…」という答えは良い印象を受けないので避けるように、とアドバイスするのですが、

多くの生徒さんがこういう意識を持っていることは事実だし、きっかけとしていじめられる側にも多少の非があったと言わざるを得ないケースだってあるのもまた事実だと思います。

森会長の所謂女性蔑視発言に関しても、
「似たようなことを感じたことはある」と思った人も少なからずいるのでしょう。私は自分自身が話が長いので、「女性は話が長い」という感覚はよくわからないのですが😅
ただ、この件は別として、恐らくこのブログを読み返してみれば、自分でも
「あー、この考え方を文章に起こしちゃうのはマズイよな」とか、「ここの一部分切り取って読まれたら大変なことになるな」なんて感じる部分は結構あるんじゃないかと思います。

今回のような、国全体が大騒ぎする問題ではなく、私たちが普段生活している小さなコミュニティの中においても、

「いや、言いたいことはわかるけど、それ言っちゃダメでしょ!!」

なんてこと、ザラだと思います。

一昔前なら見過ごされたような発言も、吸い上げられて個人攻撃の対象になる。テレビ観てるとよく、
「先程不適切な表現があったことをお詫びします」って司会の人が言いますよね。え?どこで?と思うこともしばしば。
私も仕事柄、そういう発言に対してはかなり気を遣ってはいるものの、言葉にした後で、
「こういうこと言っちゃいけないよね」とか、
「ごめん、今のセリフ忘れて!!」とかフォローすること、やっぱりありますよ。
でもこれは非常に危険。こういうことはゼロにしなきゃいけない。どこでどう拡散するかわからないですからね。いやそれよりそういう発言を生徒さんの耳に入れることが良くない!!


世の中には、考えることが全て正しい「聖人君子」がいるのかいないのか、わかりませんが、まあほとんどの人がそんな存在じゃないという前提で話すなら、自分の発言によって、誰かを傷つけたり、自身が攻撃の対象となってしまう可能性は誰にでもあると言えるでしょう。

では、それを最小限に防ぐためには何をする必要があるのか。


正に、「学ぶこと」だと思うんです。


まず、そういう自分の中にある思想や感覚の偏りを自覚するために、様々な物事や他者の考え方に興味を持ち、多様性を学ぶこと。それを受けて変えた方が良いと思った思想・感覚は修正すればいいし、変えずとも自覚を持てれば自分の心の中に留めて置く方が良い選択だという判断も出来、行動にも移しやすくなる。


次に、世の中がとてつもないスピードで日々変化していることを学ぶこと。

10年前、人々がみなスマホを持ち、世の中がこんなにも情報で溢れる社会になることをどれだけの人が想像できていたか。昨日の常識は今日の非常識になり得ることを強く意識し、社会の様々な物事に対する意識や自分の考え方を常にバージョンアップしていける存在でいることが、今を生きる上でとても大切なこと。
残念ながら森さんや、今の多くの政治家にはこの資質が少々欠けている。だから、失言するたびに撤回してお詫びとかするけど、そもそも自身のバージョンアップが思うように進まないから同じ失敗何度も繰り返してしまう。要するに「学んで」いない。



最後に、自己発信の情報には責任があることを学ぶ、ということ。

YouTuberやテレビのコメンテーター、所謂「インフルエンサー」と呼ばれる方たちは、自身が発信する動画やコメントによって収入を得ているのと同時に、SNSでの炎上など個人攻撃のリスクとも常に向かい合わなければいけません。

匿名性の高いSNSを主に利用して、自己発信を行っている一般人だって、いつ自分がその対象になるかわからない、という意識をより強く持つ必要があります。

SNSによる誹謗中傷を行ったことで、損害賠償を請求されたり、刑事罰の対象になる一般人がとても増えていますよね。

匿名性を盾に誰に何を言ってもいいなんて時代はとうに終わっています。
でも、何も学習していない人達が山ほどいるのが現実。


もっともっと、いろいろなこと、人に興味を持ち、そこから何かを学んでいくこと。

一国の首相にまでなった人ですら、「学び」を忘れれば容赦無く攻撃され、切って捨てられる時代なのです。
「83歳のおじいちゃん相手にそんなに目くじら立てなさんな」なんていう甘ったるい世の中じゃないんです。

今、学べることをきちんと学び、高い思考力・判断力を身につけること。
そのために勉強は必要なんです。


やっぱりね、みんなもっと勉強しなきゃダメですよ。


このままだと日本は、そういう勉強しない人が生きて行くことすら厳しくなるか、そういう人のおかげで国全体が更に衰退していくか、二択だと思います。


国の政策も大切ですが、地方公共団体や学校、家庭や個人…


もっともっと小さなまとまりの中で、子供たちの学びについて今以上に考えていかないと…


この国の未来はあんまり明るくないのかなって思います。


もうすぐお昼。

今日、ひとりだけ面接がある生徒さんがいますが、もう終わった頃かなあ。

長かった今年の特色選抜対策も昨日で全日程終了しました。

受検した生徒さん、昨日ほぼ全員報告に来てくれたのですが…

「ダメでしたー!!」って子、ひとりもいませんでした。

これがいちばん嬉しいことであり、生徒さんにとっても最も大きな成果だと思います。

合否は高校の先生方が決めることです。
自分なりに「やり切った」と思えたかどうか。それを感じる事がこれからのみんなの糧となります。

よく頑張ってくれたと思います。

毎年、特色選抜の対策の始めはドキドキです。
みんな恥ずかしがって、グダグダの練習になるのがいちばん怖い。

でも、毎年そんな心配は杞憂に終わり、必ず最初からみんなを引っ張ってくれるような存在がいて、最後まで引き締まった練習ができるのですが…

今年もやはりそういう存在が現れてくれました。面接練習初日の、その生徒さんの入室の挨拶の時に、教室の空気がピリッと引き締まったあの瞬間、鮮明に残っています。

その子の最後の面接練習では、「これで最後かあ」という感慨が込み上げてきてしまい、号泣しちゃいました💦

後は1週間、信じて祈るのみですが…

重ね重ね、ここまで頑張ってくれた生徒さんたちに労いの言葉を送りたいと思います。本当にありがとう。よく頑張ったね!!

さあ、休む間もなく一般入試に向けてのラストスパートです!!

1、2年生の学年末テストの期間もまだまだ続きます。学年末テスト空けたら実力テストの準備もある!!

外は雪。まだまだ厳しい冬の寒さは続きますが、激アツの毎日もあと1ヶ月続くのでした。

今日も1日頑張ろう。


都内のとある私立高校の生徒が、「校則で禁止されている」男女交際をしていたことを理由に自主退学させられた件。

尾木ママがめちゃめちゃ怒っていらっしゃいました…。人権侵害だーみたいな。

けど、そうなのかなあ?

国における法律、地方公共団体が定める条例、企業や学校の社則・校則…。
社会にはさまざまな「きまり」がありますよね。

その「きまり」に対して、例えば人権侵害にあたらないか、時代に即しているかなどの観点から改正・変更を訴えることは必要だと思います。

でも、その「きまり」に異論を唱えることと、「きまり」を守れなかった人を擁護するのは別ものだと思うんです。

昨年暮れだったか、プロボクシングの世界戦で日本人のチャンピオンが、国内での試合では隠すように決められているタトゥーを思いっきり露出した状態で試合して…まあつまり明らかなルール違反で注意受けたんですが…

この日本ボクシング協会の定めているルールについては賛否両論あるわけですよ。タトゥーに不快な思い抱く人もいれば、なんとも思わない人もいるわけで。

法律持ち出したら、タトゥー入れることなんて禁止されていないし、このルール自体人権侵害にあたるという見方だって、できなくはない。

ただ、その議論と、このチャンピオンがルール違反を起こしたことは別問題だということです。

今ある「きまり」はまず守るのがそのコミュニティに属する者の義務である。と私は思います。


ルールを破ったあと、自身の処遇に対して後付けで不服申立てをするってのは、ちょっと違う気がします。


次にこの校則の是非について。
全くの部外者の私が、一私立高校の校則にとやかく言う権利はないので良いとも悪いとも言いませんが、

こんな考え方もあるのでは?
と思います。

うちの塾生の高校生にも、大学進学のために、「高校3年間は恋愛なんてしない」って言っている生徒さんがいます。

別に、我慢してるとかじゃなく、今する必要がない、というかその子にとっての今やるべきことの優先順位に恋愛が入っていないだけ。そういう子がいてもいいですよね。少なくとも私は100%支持します!!

そういう子が、この高校の校則をたまたま目にしたとしたら、もしかしたら魅力に感じるかもしれません。
「あ、私みたいな生徒さんがたくさん集まる学校なのかな」なんて思う可能性もあるのです。

そういう思いでこの高校に入学した生徒さんが、この校則を破った生徒さんをどう見るか。また、この問題を受けて自身の在学中にこの校則が撤廃されたらどう思うか。

自分は自分だからと割り切れる人もいれば、「話が違う!!」って思う人だっていてもおかしくありませんよね。

そういう生徒さんに、

「いやそもそもこの校則はおかしかったんだから、撤廃されても文句言っちゃダメよ」って言えるかなあ?私だったらいくら諭されても納得できない。だってその校則に惹かれたからこの高校選んだんだもん。卒業するまでは変えないでよって思う。

尾木ママ、教育評論家の肩書きでテレビ出演までしてる発信力のある人なんだから、もう少し冷静に、この生徒さん以外の生徒さんの気持ちにも想像力を働かせて発言して欲しいなあと思います。


次に、「自主退学」という処分について。

自主退学と退学の違いですが、自主退学はあくまで「一身上の都合」であり、履歴書などに記載する場合、学校側からの強制退学処分より心証は良くなります。

「校則違反⇒強制退学」よりも、
「校則違反⇒自主退学勧告」を選ばせる方が、生徒さんのためになるという学校側の配慮である可能性もあります。
(しつこいがこの校則の善し悪しは考慮に入れない。ルールはルールだから)

尾木ママが、
男女交際禁止が校則になっていることの批判だけでなく、この生徒さんへの処遇にまで批判するのはちょいとお門違いでは?と思ったのでした。

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特色選抜の面接練習の際、私が指導において気をつけていることは、

「人それぞれいろいろな考え方がある」

ということです。

自分にとっての正論でも、人によっては
「何言ってんだコイツ」と取られる可能性だってある。

そういう多様性を学び、偏った思考を排除していく中で自身をアピールする能力こそが、共生社会において活躍する人間には必要だと思います。

決められたルールは遵守するという社会的責任を果たす意識と、間違っていると思うルールには異議を唱え変えようと行動する革新性と正義感。
このどちらも兼ね備える人材の育成こそが教育の使命です。

その「きまり」に対する異議だけを唱え、守れなかった生徒さんの処遇に対して学校のみを批判するのは子供たちに間違った考え方を植え付ける危険性があります。そういう人には「教育」を評論なんてして欲しくないかなあと、ちょっと思ったのでした。


今通っている、或いはこれから入学したいと考えている学校の校則について疑問を持つのは大いに結構。おかしいと思ったら先生に意見をぶつけてみたらいい。

けれど、破ったあとそれを言うのはちょっと違うからね。というお話でした。


今朝、起きて何の気なしに「とくダネ」観てたんです。

コメンテーターに三浦瑠麗さんが出ていらして、コロナとかいろんな話題にコメントしてるわけですが…

発言の内容への賛否やこの人に対する好き嫌いは置いといて、

「頭が良くてお話の上手な方だなあ」

という印象は、とりあえず持つわけです。
まずそういう印象を持つと、本人のコメントの内容なんかに対するこちらの興味関心、集中して聞こうとする度合いも増してくる。橋下さんとかもそうですが、いくらいいこと言っても聞いてもらえなきゃ意味がないわけで、

「耳を傾けさせる力」

って、とても大事だなと思います。
特にメディアで何かを発信する人には、大切なスキルですよね。まあこれが人の魅力、なのだと思います。


飲食店にも通じるものがありますね。

ずっと気になってるけど、なんとなく入りにくいお店もあれば、初見で、「なんか美味しそう!!」と思って入ってしまうお店もある。

実際入ってみなきゃ、どっちのお店が美味しいのか、わかんないわけですが、ずっと気になってるけど入ってもらえないお店はそもそもその評価の機会さえ失ってるというわけです。

昨日の面接練習の際、どうしても早口になってしまい、ところどころ単語が聞き取れない、それがいつまでも改善できない生徒さんへの対応として、こんなことを試してみました。

その子の志望動機をメモした原稿を、去年の特色選抜で素晴らしい面接をした高校生に音読してもらったんです。

同じ文章なのに、とてつもなく心に響いてくるではないですか!!

同じ内容でも、伝えようとする意識が高いだけで全く受け手の捉え方が変わってくる、良い例だと感じました。

それを踏まえて再度、同じように原稿見ながら本人にやり直してもらうと…

まだまだたどたどしさは拭えないものの、かなりの改善!!内容も入ってくるようになりました。残り日数は少ないけれど、まずは原稿見ながらでいいので、スムーズさと聞き取りやすいスピードを意識して、頭だけでなく体感で応答のリズムを会得するようにと伝えました。

あとは、本人がどこまでこのアドバイスを本人なりに消化して活かしてくれるか、期待したいところです。


当たり前ですが、入試の面接も企業の採用面接も、初めて顔を合わせる人との対面から始まるわけです。

如何に早い段階で、自分に対して好印象を持ってもらえるか、また「この人の話をもっと聞いてみたい」と興味を持ってもらえるか。

なんだかよくわからないけど、
「いいね」と思わせることがすごく大事なのです。

応答内容に関する準備も大事ですが、練習の時からこのことを意識することで、自ずと挨拶だったり話すスピードや声のトーンなどの質がどんどん向上していきます。

特色選抜の準備を、学校の宿題感覚で
「やればいい」という救いようのない低い意識でただこなしている生徒さんは、限りなく内定をいただく可能性をゼロに近付けているだけです。

一般入試と併せて2回のチャンスがあるという優位性を、受かりもしない特色選抜の準備に充てるなど、負の時間を積み重ねているだけに過ぎません。

特色選抜は誰に頼まれるでもなく、強制されるわけでもなく、自分から進んで受験することを決めるもの。

自分は話が下手だとか、あの子は元々センスがあるからなどとグチグチ言うなくらいなら自分のやるべきことをやるべきだし、それができないまま入試の日を迎えるくらいなら、願書出したからって受ける必要もないと思います。
そんな適当な準備で特色選抜に臨むのは、ひとりひとりに大きな期待を抱いて貴重な時間を割いてくださる高校の先生に失礼です。家で寝てればいい。

そしてなにより、自分に失礼。
自ら自分の可能性を否定して、誰が自分を認めてくれるというのか?

今、自分に足りないものを残り4日で全力で埋めて欲しいと思います。

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てなわけで、私の特色選抜に対する指導は結構厳しいです。
面接練習にあたるスタッフに対しても、真剣さを感じない時やアドバイスが下手だと感じた時は容赦なくその場で注意します。こっちが真剣さを見せずに人の評価なんて出来るか!!


ずっと塾に来てくれてる2年生なんかは、面接練習で私がキツいこと言ってるのみても、あーまたやってるわ~くらいにしか思わないので、その後も普通に冗談言って笑いあったりできるんですが、

最近入ったばかりの1年生は、ちとビビった子もいたかな?😅
本人たち、なんにも言われてないのに急に引き締まって真剣に勉強始めたり…ごめんね~☺️でもそういうの見るのも経験だからね。

泣いても笑ってもあと4日。

全員、悔いなく受験して、次のステップに進む糧とする。
それが合否以上に大切なこと。

受験した生徒さん全員が、やり切ったと思えるよう、今日も全力で向き合っていきます!!