共通テスト予定通り。と都立高校入試。 | なすの学習塾 塾長のブログ 那須塩原市 学習塾

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日々の塾講師ライフでの出来事・気づきを徒然なるままに...


尾木ママが、来年の大学入試共通テストを予定通りの日程で実施するという方向性を文科省が示したことに対し、

「信じられない」

「コロナ第2波・第3波が来たらどうするのか?」

などと騒いでいるので、高校3年生の受験生さんたちに意見を聞いてみました。

予定通り実施してもらった方がいい、が大半でした(^_^;)

共通テスト(センター試験)が1月中旬に実施されるのは、元旦にお年玉もらう、クリスマスにプレゼントもらうのとおんなじ…いわば「年中行事」なわけです。

その年中行事の数々が、今年の学生さんたち、どんだけ奪われました?ズラされました?また、今も流動的なままですか?

予定通りやれるもんは、もうやってくれよ、というのが本音なのかなーと思いました。

オンライン授業や9月入学論の時も感じたけど、なんだか主張してる人たちの意見に合理性・論理性をあまり感じなかったし、どんだけ学生さんの声が耳に入ってるの?コロナのどさくさで自分の意見通したくて声上げてるだけでは?
なんて、思わなくもない…


私は今回の文科省の方針は評価したいかなあ。
仮に延期して、その延期したタイミングでコロナの第2波・第3波に重なってしまったら、もうそれこそ物理的な問題で4月入学が難しくなる可能性も出てきちゃう。予定通りの日程にしておけば、仮にコロナの第2波・第3波と重なった際に予備の日程も組めるから保険にはなる。この、「9月入学問題」についての議論はもうちょい時間をかけて慎重にされるべきであって、入試日程を遅らせたことによって来年度の4月入学が物理的に不可能になることで、なし崩し的に「やっぱり9月入試しかないよね」みたいなことになることは極力避けた方がいいというのがまず1点。

それと、この早いタイミングで発表したということも評価したいポイントです。

これでやっと、受験生は来年の1月16日に共通テストがちゃんと行われるんだ!!
っていう意識を持って、より具体性を持ってスケジュールを立てることができる。



なんでもそうですけど、はっきりさしない予定に対して準備するのと、「この日!!」って決まった予定に対して準備するのとではモチベーションも違ってきますよね。そういう意味では良かったんじゃないかなあ。これが2点め。

あとは、出題範囲も変更あるなら早く提示してあけて欲しいですね。
今年度の入試は、予備校生と現役生の差がより大きくなるんじゃないか?なんて心配もされていますが、どっちに有利、とかじゃなくて、なるべく早く出題範囲をはっきりさせることで、より安心して、高いモチベーションで受験勉強に向き合える環境を整えてあげて欲しいなって思います。

入試会場における感染予防対策等の準備を今からしっかり行うのは当たり前。感染状況がどうなったら延期するのかを明確にしておくことも大切。これが全て早い段階で発表されて初めて満点ですかね、準備としては。




お次、都立高校の入試の出題範囲についての発表も今日ありました。

・国語…3年生で習う漢字

・数学…三平方の定理

・英語…関係代名詞

この辺りが入試の出題範囲から削られるとのことです。

これもね、まずは早い段階で発表したのはとても良いことだと思います。ここは大いに評価したい。

ただですね…

出題範囲を削ることが本当に、今年の受験生を救済する最良の措置なのかは…うーん難しいけどちょっと反対です。

結局うまく機能しなかったオンライン授業の穴埋めをするべく、各自治体が夏休みを減らして授業に充てるなどの対策を行い、それでも不足分を完全に補うことは無理なので、入試における出題範囲の縮小…という流れになっていくのかなとは思うのですが、

入試に出ないから中学校ではやらない、もしくはとりあえず授業ではやるけれど、入試には関係ないから出来なくてもいい、みたいな感覚で、本来中学生のうちにきちんと学んで理解しておくべきことを疎かにすることを許容するのは、後々この世代の相対的な学力という部分で捉えた時、多少なりとも影響を及ぼす可能性がある気がします。

また、入試における不公平を少しでも是正する目的で出題範囲を縮小するのであれば、あまり効果を感じません。何故なら塾に通っている生徒さんや、家庭学習がしっかりできている生徒さんは、逆にここまでの復習や3年生の前半の単元の予習に費やす時間を例年の生徒さん以上にしっかりやれているから、出題範囲を縮小したところで学力格差の解消には繋がりません。

受験生の負担減に繋げるという目的についても疑問。
確かに高校入試までの負担は軽くなるけれど、そのしわ寄せは高校入学後に必ずしなければならないし、それが今度は大学入試時の負担増に繋がる。
そこから世代間の学力格差が生まれる。
一時凌ぎ的に入試における「見かけの平等」を目的とすることで、この世代の生徒さんたちに結果、将来社会に出てからハンディを背負わせてしまう可能性も出てくる。

私の思う「平等」・「公平」は、
一生懸命頑張ってる子にやって損したって思わせないやり方、だと思うんです。
入試においても、その後においても。

だから、入試の出題範囲は今まで通りの方がいいかなー。入試だけを見るのではなく、その先の高校においての負担も考慮すると、「ここは勉強しなくていいよ」というよりも、「大変だけどここもやっておこう!!」という進め方の方が、生徒さんの将来にとっては親切という気がするんですよねえ。特に一生懸命できる子にとっては。

で、平等とか公平を目指すなら、国や自治体が各家庭に塾に通う費用を支援するとか、いまいち前向きになれない子のフォローをきちんとする。そっちの方が公平性を保つという意味では効果が高いと思うんです。


また尾木ママの話で申し訳ないんですが、

学校で習うべき漢字を家庭学習だけでやらせて、

「テストだけします!!」なんて酷い!!

みたいなこと仰ってたんですが、

休校期間の間の学習状況の確認を学校がやることがそんなに悪いことかなあ?

私が学校の先生でも、やっぱりそこは確認したいからテストすると思います。もちろんできなかった子に対するフォローはきちんとするにせよ。

問題なのはテストだけやるやらないではなく、そんな批判が可能になるほどの、機能しなかったオンライン授業や家庭学習におけるモチベーション管理の失敗、そっちじゃないかなあ。それがきちんとできていれば、「テストだけ」にはならなかったわけでしょ?


本当に公平性を求めるなら、今年度の受験生だけでもみんな塾に通えるよう支援すりゃいいのに。

そうしたら学校でテストだけやっても「酷い!!」なんてことにはならないですよね?

まあオンライン授業の環境整備なんてところにお金をかけるより、現状においては遥かに即効性も高く効果も期待できると思うんですが…やるわけないですよね(^_^;)

何故なら効果が目に見えて出ちゃうので、学校の授業の価値が更に下がるから😫


こういう時こそ官民一体となって子どもたちのために何ができるか考えなきゃいけないのに、

官はプライドばっかり、民はお金勘定ばっかり。

残ったのは中途半端で結局なんだったんだ?というオンラインの亡霊と山積みの課題。なくなったのは楽しい夏休みとは…ぴえん😞




いずれにせよ栃木県も、高校入試の出題範囲については早くビシッと決めて発表して欲しいと思います。

東京とおんなじ、とかじゃなく、県オリジナルの素敵な考え方が見て取れるような発表、めちゃめちゃ期待しております。

とにかく早くお願いしまーす!!





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「平等」「公平」についての余談…


今日、何人かの塾生さんと、


春のセンバツに選ばれた高校が、この夏甲子園で1試合だけ野球できることについてどう思うか?


って話をしました。


紹介はしませんが、それぞれいろんな意見を話してくれて楽しかったです。


私は単純に、良かったなあ、って思ったんですが、ネットを見ると、

「夏の地区大会も開けない中で不公平」

「なんで野球だけ特別なのか?」

みたいな意見も多くありました。


ちょっと心に残った、誰だか知らない1人の方のコメントを紹介します…


「春のセンバツに選ばれた高校も、夏の大会は他の高校同様チャンスを奪われている。あくまで参加できなかった春のセンバツの代表校への対応であって、彼らは既に甲子園に出場する権利を得ていたのだから、全く不公平ではない」


「高校野球は高野連の管轄であり、他のスポーツは高体連の管轄である。センバツ代表校への救済措置を高野連が取ったことを、他のスポーツの問題と絡めて批判するのはそもそも筋違いであり、他のスポーツに関しては高体連が対応すれば良い」


なるほどぉ。

とっても論理的なご説明。



私は、この件についても、入試の件についてもおんなじ風に思います。


自分が頑張って得た権利や能力を、なんらかの理由で行使できない、発揮できない環境下におかれる状況を、「他のみんなのために」受け入れる広い心は素晴しいものだし、賞賛されるべきものであると思います。


しかし、政治や世の中の風潮がその権利を奪おうとすることや、頑張った人が損をするような歪んだ公平性を世論が求めることは大変危険だと思うんです。


例えば、汗水流して今までよりたくさん稼いだお金を、みんな平等じゃなきゃダメだからって言われて不当に搾取されたら誰だって納得いきませんよね?たくさん稼いでるんだから、10万円の給付金も辞退しろとか寄付しろとかいう声も聞いていて悲しくなります。


いろんな場面で活躍できる人の能力を、様々な理由こそあれ上手く発揮できない人の能力寄りにすることに平等・公平性を求めるのではなく、


上手く能力を発揮できない人をフォローし、全体のレベル(っていう言い方あまり良くないですけど汲んでください)を上げるための支援をすることで平等・公平性を維持していかないと…


なんかこの国全体の向上心て益々低下しちゃうんじゃないかって思うとちょっと心配です。


何事にも真剣に取り組めない人だちが、

一生懸命頑張っている人を「ガチ勢」などと異端扱いするのが許されるような社会が、本当に平等で公平な社会って言えるんですかね?


やっぱりね、


「やらなくていいよ」じゃなく、

「手助けするから頑張ってやろうよ!!」


という社会で、私は生きていきたいしせめて自分の周りの人たちにはそう接したいなって思います。