夏期講習の休憩時間、なにげなくYahooのニュースに目を通すと
そこに
「ディープインパクト安楽死」
の見出しが…
今年の春に、「ディープインパクト」っていうタイトルでブログ書きました。
ディープは、僕にいろんなことを教えてくれて、たくさんの感動をくれた…
たぶん今まで僕が出会ってきた誰よりも、人生にいろんな影響を、そして希望を与えてくれた存在だと思います。
春のブログでも書きましたが、ディープが走る日の競馬場には、競馬のこと、よく知らないような、普段絶対に競馬場になんて来ないような人たちがたくさん来ていました。
誰もがディープの走る姿を、目を輝かせながら見つめていました。
あの空間のあの空気、そしてあの瞬間に自分自身が感じた体温、恍惚感、至福…
究極の芸術とは、価値観を陵駕する絶対的なものなのだと教えてもらいました。
自分の好みとか、定説とか理論とか、そんなものは絶対的な存在の前では全て無力。
彼はそんな、何者も抗うことを許さない究極の存在だったんです。
あの武豊騎手に、
「僕はずっとこんな馬に出会うのを待っていた」と言わしめたディープ。
僕もその武騎手の言葉から、
理想を追い求めることの大切さと、信じ続けることでそれが叶ったときの素晴しさを教わりました。それは、どんな教科書にも載っていなくて、どんな授業でも教えてもらえなかった僕の生きる道標となるようなものでした。
でも、彼は今日をもってこの世界の住人であることを卒業してしまいました。唐突に。
走ることを通して皆に衝撃を与え続けてきたそのサラブレッドは、自身の一生という、いちばん大きな長いレースにおいても静かに走り終えることを選びませんでした。
「みんな、そんなにびっくりしないでよ。みんなを驚かせるのは僕がいつもしてきたことでしょう?」
深い悲しみと、唐突過ぎる現実に対する衝撃を遺しながら、彼はいつも通り颯爽と、
生涯最後のゴールを駆け抜けて行ってしまいました。
YouTubeでディープの現役時代のレースを観たあと、Wikipediaのディープのページでもう一回、彼の足跡を辿ってみました。
そこに、こんな記事がありました。
「ファンの少年の自殺」
2006年10月11日に、福岡県で中2の生徒さんがいじめによって自殺に追い込まれるという事件がありました。
その少年の遺した遺書に
「生まれかわったらディープインパクトの子供で最強になりたい」
それは、ディープが凱旋門賞制覇を目指して渡ったフランスで、レースに負けた10日後のことでした。
その後ディープは日本に戻って2回、素晴らしいレースで勝利を収めています。
そんなに大好きなディープが、まだ走る機会があったのに、命を断たなければならなかった少年のことを思うと言葉もありません。
あと2回、大好きな大好きなディープが走るレースがあるのに、その少年はもうこの世界にいることができなくなってしまった。
もっともっと、僕たち大人は懸命に、精一杯、こどもたちのことを考えて考えて生きていかなきゃダメだ。
豊さんはまだまだこっちで頑張るから、
そっちに行ったら首の怪我も治ってるから、
ディープ、君を大好きでそっちで待ってた少年を、
君の背中に乗せて走ってあげてね。
よろしく、ディープ。
さよなら、ディープ。