吉田恵輔『ヒメアノ~ル』 | What's Entertainment ?

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2016年5月28日公開、吉田恵輔『ヒメアノ~ル』




製作は由里敬三・藤岡修・藤島ジュリーK.、エグゼクティブプロデューサーは田中正・永田芳弘、企画は石田雄治、プロデューサーは有重陽一・小松重之、ライン・プロデューサーは深津智男、原作は古谷実「ヒメアノ~ル」(ヤングマガジンKC所蔵)、音楽は野村卓史、脚本は吉田恵輔、撮影は志田貴之、照明は中西克之、美術・装飾は龍田哲児、録音は小黒健太郎、整音は石貝洋、編集は鈴木真一、音響効果は勝亦さくら、音楽プロデューサーは和田亨、アソシエイト・プロデューサーは小出健、衣装は加藤友美、ヘアメイクは加藤由紀、スクリプターは増子さおり、キャスティングは南谷夢、音楽は野村卓史、助監督は綾部真弥、製作担当は竹上俊一。
製作は日活、ハピネット、ジェイ・ストーム。制作プロダクションはジャンゴフィルム。配給は日活。
宣伝コピーは「めんどくさいから殺していい?」


こんな物語である。

ビル清掃会社でパート勤務する岡田進(濱田岳)は、仕事の要領も悪いうえに、これといった目標も楽しみもなく、日常生活は漫然と過ぎていく。そんな日々に、彼はやるせなさと漠然とした焦りを感じている。
職場の先輩・安藤勇次(ムロツヨシ)も相当にイケてないもっさりした男だが、職場にも友達がいない岡田は、安藤が唯一の話し相手だった。




ある日、安藤は自分が想いを寄せている女性・阿部ユカ(佐津川愛美)がバイトしているカフェに岡田を連れて行った。どう考えても安藤が付き合えるような女性とは思えぬくらいにユカは可愛かったが、安藤は岡田に協力しろと強引に迫った。安藤の話では、カフェの客で彼女に付きまとっている男がいるという。その男は、この日もこのカフェにいた。
岡田の高校時代の同級生・森田正一(森田剛)だった。安藤に言われて、岡田は森田のいるテーブルに行くと、話題も思いつかぬままに話しかけた。森田は、面倒くさそうに岡田の相手をした。

その様子を、遠くからユカがうかがっていた。森田との会話が長続きする訳もなく、次はユカに話しかける岡田。不審そうな表情を浮かべつつ、ユカは岡田の話を聞いた。
確かに、ユカは森田からストーカー行為をされているようだった。
このことをとっかかりに、岡田と安藤は森田のことを監視するという名目で、彼女の携帯を聞き出すと翌日以降も彼女の勤めるカフェに連日顔を出すようになった。

安藤の命令で、一度岡田は森田と居酒屋で飲んだが、森田はユカへの付きまといはおろか、あの店に行ったのはあの時一回だけだと言い切った。岡田には、それ以上突っ込む勇気はなかった。




高校時代、森田は同じクラスの和草浩介(駒木根隆介)と共に、クラスの河島から酷いいじめにあっていた。いじめは日に日にエスカレートしていき、二人にとって高校生活は地獄の日々だった。
ところが、ある時森田は逆襲に転じる。和草にも手伝わせて、河島を容赦なく叩き殺すと、そのまま死体を遺棄。そのことは、いまだ警察にも露見しておらず、もちろん岡田もその事実を知らない。
共犯者にさせられた和草は、高校卒業後に父親が経営するホテルに就職したが、森田は和草から定期的に金をタカっていた。度々ホテルの金をくすねる和草の行動を、婚約者の久美子(山田真歩)は詰問したが、和草はその訳すら話すことができない。

その後も、安藤は猛然とユカにアプローチ。安藤と岡田は、ユカと彼女の友達・飯田アイ(信江勇)と四人で居酒屋に行くことになったが、その席でアイの口からユカに想いを寄せる相手がいることが発覚する。
それでも諦めきれない安藤に頼まれて岡田は夜の公園にユカを呼び出すと、「どうしても、安藤さんとは付き合ってもらえないかな?」と聞いた。うなずくユカに、「好きな人がいるから?」と聞くと、ユカはもう一度コクリとうなずいた。
さすがにしょうがないなと岡田が諦めて帰ろうとすると、ユカは慌てるように「誰が好きなのか聞かないの?」と言った。驚いた岡田が「誰?」と聞くと、「私の好きな人は、岡田さんです…」と彼女。
「ふ~ん、僕とおんなじ名前だ」と言う岡田をユカは指差した。一目惚れだと彼女ははにかんだ。




すると、後ろの方で悲痛な絶叫が聞こえた。二人のやり取りを、物陰から安藤がのぞいていたのだった。




安藤から「ユカちゃんには付き合えないと言え」と迫られた岡田は、断腸の思いでユカに会うが、「岡田君の気持ちはどうなの?」と問われて「もちろん、好きだよ。付き合いたいよ」と本音を吐いてしまう。ユカは、明るい表情で「じゃあ、内緒で付き合えばいいじゃん。絶対、ばれないよ」と言った。岡田は、もう断る気など失せてしまった。

相変わらずユカをストーキングしている森田は、彼女が岡田と付き合い始めたことを知った。腹を立てた森田は、和草に連絡を入れると岡田を殺すのを手伝えと迫った。
もはや限界が来た和草は警察に河島殺しの共犯者として自首しようとするが、久美子に止められる。彼女は、二人で森田を始末しようと持ち掛けたが、森田の逆襲にあい二人とも殺されてしまう。

岡田は、奔放なユカの過去に戸惑いながらも、彼女と順調に交際を続けていた。




その二人に、森田の影が迫ってきていた…


これは、本当に見事な傑作である!
古谷実の漫画を原作にした作品で基本的には猟奇的な心理ホラーと言えるが、99分間の中にホラー、恋愛、コメディが絶妙にミクスチュアされ、どの要素も破綻することなく有機的な映画のリズムとしてラストまで一気に走り抜けていく。
緩急自在のストーリーテリングが素晴らしく、冴えわたる演出手腕に惚れ惚れする。

最終的な印象として残るのは森田剛の暗く淀んだ目かもしれないが、キモオタクを怪演するムロツヨシのエキセントリックなブ男ぶり、如何にもさえない岡田君の濱田岳、ある種男の妄想的キャラともいえるユカの大胆さとキュートさを見事に演じてみせた佐津川愛美が、一つの世界にちゃんと収まっている。
このバランスの良さたるや、あたかも老舗料理店の幕の内弁当の如き味わいである。




良心回路が失われて、人を殺すことに何の躊躇も感じない森田という男が、果たして一人の女性にここまで執着するものだろうか…という疑問もあるだろう。
ただ、僕は「森田の良心回路は失われたのではなく、フリーズしているだけだ」という印象を持って映画を見ていた。
彼が河島を叩き殺すことも、現在の彼がずっと頭の中のノイズに悩まされていることも、和草を食い物にし続けることも一つのものに呪縛され続けるこの男のメンタリティの表れのだろうし、阿部ユカという獲物に執着するのも、彼の行動原則に何ら矛盾していないように思える。
「捕食者と被食者。この世界には、2通りの人間しか存在しない。」という映画のサブ・コピーそのままに。

そして、森田の良心回路が失われたのではなく「一時的に凍結していたに過ぎない」からこそ、本作ラストで提示される展開がストンと腑に落ちて、見ている者に何とも言えない切ない救われなさと、ギリギリ締め上げるような緊張感から解放されたことによるカタルシスをもたらすのである。
まさしく、これしかない秀逸なエンディングだろう。

言うまでもなく、キャストそれぞれの素晴らしさあってこその作品だし、とりわけ無機質なシリアル・キラーを演じた森田剛の存在感は圧倒的だ。
ただ、僕としては物語に独特の雰囲気を付与するムロツヨシの味も捨てがたいし、抜群の可愛さと思い切りのいい濡れ場演技を見せてくれた佐津川愛美の存在に心がロックオンしてしまった。

そんな本作において、僕の心に一番訴えてきたのは濱田岳の達者な演技で、あたかも熟練ドライバーの巧みなシフト・チェンジを見る思いだった。

ピンク映画ファン的な視点のことを書くと、わずかな登場シーンで印象的な殺され方をする鈴木卓爾の演技に瀬々敬久監督『雷魚』 を思い出したりした。
あと、森田が押し入って家人を殺し、カレーライスを貪り食っているシーン。そこに遺体として横たわる女性は倖田李梨(クレジットでは、幸田リリ)である。

本作は、とにかく見逃し厳禁の大充実作。
サイコホラー嫌いの方も、勇気を出して見てほしいと言いたくなる一本である。