沖田修一『モヒカン故郷に帰る』 | What's Entertainment ?

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2016年4月9日公開(3月26日広島先行公開)、沖田修一監督『モヒカン故郷に帰る』



製作は横澤良雄・川城和実・三宅容介・佐野真之・太田和宏・稲垣宏、企画は重松圭一・佐々木史朗、プロデューサーは青木裕子・西川朝子・久保田傑・佐藤美由紀、脚本は沖田修一、音楽は池永正二、主題歌は細野晴臣「MOHICAN」(Speedstar Records)、撮影は芦澤明子、DIT/VEは鏡原圭吾、照明は永田英則、録音は石丸恒、美術は安宅紀史、編集は佐藤崇、衣裳は纐纈春樹、ヘアメイクは田中マリ子、スクリプターは田中良子、音楽プロデューサーは安井輝・篠崎恵子、助監督は茂木克仁、制作担当は齋藤大輔。
制作プロダクションはオフィス・シロウズ、配給・宣伝は東京テアトル〈東京テアトル70周年記念作品〉。
製作は『モヒカン故郷に帰る』制作委員会(関西テレビ放送、バンダイビジュアル、ポニーキャニオン、アスミック・エース、東京テアトル、テレビ新広島、オフィス・シロウズ)。
助成は文化庁文化芸術振興費補助金。
宣伝コピーは「バカヤロー!だけど、ありがとう」
2016年/日本/125分/ヴィスタ/カラー/5.1ch


こんな物語である。

売れないデスメタル・バンド断末魔のボーカル田村永吉(松田龍平)は30歳で、同棲している恋人の会沢由佳(前田敦子)は現在妊娠中。バンドのメンバーもみな若くはなく、将来にそれぞれ不安を抱いている。




将来のビジョンなどまったくない永吉だが、とりあえず結婚の報告をするため、金髪モヒカン頭のまま7年帰っていない広島県戸鼻島(架空の町)の実家に由佳を連れて帰郷する。




頑固おやじの治(柄本明)は、商売を営みながら永吉もかつて所属していた中学校の吹奏楽部で指導している。彼は熱烈な矢沢永吉ファンで、中学生たちに演奏させているのも当然矢沢の曲。「I LOVE YOU,OK」は渋すぎると不平をこぼす生徒たちに向かって、「矢沢、広島県民の義務教育です」と治は譲らない。
長年連れ添った妻の春子(もたいまさこ)は、大の広島カープ・ファンだ。なぜか、家を出たはずの弟・浩二(千葉雄大)が実家に戻っていた。

春子は、電話もよこさずに突然帰ってきた永吉に呆れ、治はハンパ者の息子を怒るものの、永吉が嫁を連れてきたことには大喜び。で、治は早速ご近所に招集をかけて、盛大な永吉の結婚祝をやった。

ところが、その夜に治が倒れてしまう。搬送された病院の検査で、旧知の医師(木場勝己)から家族が告げられた病名は末期がんだった。



動揺を隠せない永吉たち家族だったが、治の最後に寄り添おうと決心。島外の大きな病院への転院も考えるが、治は自宅へ帰ることを希望した。何でも願いを聞いてやるとの永吉の言葉に、治が望んだことは「えーちゃんにあいたい」と永吉・由佳の結婚式だった…。



沖田修一監督オリジナル脚本による、会心の一本。
家族の死に直面した人々が織りなす人生模様を扱った映画は、それこそこれまでにも脈々と作られてきた訳だが、本作は2016年の現代性をしっかりとまとい、若々しい感性で作られた実にコンテンポラリーな傑作に仕上がっている。

涙を煽るような過剰にあざとい感傷は皆無だし、かといってシニカルに斜に構えた部分もない。
あるのは、誠実で暖かな眼差しと秀逸な人物造形、粋な照れ隠しとストイックな心象表現、登場人物に対しての絶妙な距離感、ソフィスティケーションの極みともいえる笑い。
そこから立ち上がってくる映画としての真摯な物語が、観ている我々の胸を熱くする。

映画冒頭、終演後のライブハウス楽屋で将来の不安を吐露する断末魔メンバーの会話に含まれた閉塞感とペーソス、そのやり取りの中ですでに永吉の人物像が見事に表現させている。
また、この映画の風通しを良くする「通風孔」の如き存在ともいえる由佳の存在。治の衰弱と死に向き合いつつも、常に心優しきコミカルさを忘れないストーリーテリング。
とりわけ、治が始動する中学の吹奏楽部員たちの描き方が微笑ましい。

とにかく、125分すべてが見どころと言えるのだが、治に代わって永吉が中学生たちを指揮する練習シーンのカタルシスや、治思い出のピザを探すシーン、深刻さを巧みにそらす結婚式のシーンに笑いながらも切なくなってしまう。
やろうと思えばいくらでも情緒的なアプローチが可能な物語において、沖田監督が唯一センチメンタルな仕掛けを施す海辺での治と永吉の会話シーンの素晴らしさ。
本当に、完璧なまでにすべてがコントロールされた作品だと思う。

加えて、演じる役者陣の見事さ。柄本明、もたいまさこ、前田敦子、木場勝己、美保純はもちろん、吹奏楽部員の富田望生と小柴亮太の存在も見逃せない。
ただ、やはり何といっても本作は主人公のモヒカンを演じた松田龍平の演技に尽きる。前述した柄本明との海辺のシーンの抑制した演技には、誰もが胸を熱くするんじゃないか?



本作は、現在の日本映画で描き得る最高にウェルメイドな人情喜劇(あえて悲喜劇とは言わない)と断言する。
絶対の自信を持ってお勧めしたい素晴らしい映画である。