まだ子供の頃、鉄道模型に興味を持ち、その後紆余曲折があったものの、今に至る。

 

まだ若かったころ、青春18きっぷで鈍行列車の旅をよくしていた。

博多を始発で出ると、大阪には夕刻、名古屋には21時前に着けた。

そのまま進むと、最終の列車では沼津までたどり着けるダイヤだった。

 

下り(東京→大垣)の「ムーンライトながら」(左)

 

一方、当時は岐阜の大垣から東京まで臨時快速「ムーンライトながら」が走っており、この列車に乗れば夜を駆けて東京まで行けた。

臨時というだけあって、春、夏、冬しか走っていない。

全車指定席であるが、指定席は発売直後に売り切れ、元値の5倍以上で転売されるケースも多かった。

このころは185系特急電車で運転されていた。

 

 

上りは大垣 22:48発 東京着 5:05で、下りは 東京 23:10発 大垣 5:45着だった。

 

大垣から西へ向かおうとすると、ここで米原方面の列車への乗り換えとなるが、その列車の座席争奪のために駅構内をダッシュする(無論危険なことだが)「大垣ダッシュ」というものがあった。

 

見ていて気持ちのいいものではないのと、それほど先を急がないので、大抵の場合、次の列車にした。

それでも立席であることもあった。

 

 

模型をそろえる時に、九州の車両か国鉄の車両しか集めないと決めていたが、ムーンライトながらの思い出はなかなか捨てがたく、この185系をラインナップに加えてしまった。

尚、この車両は、ムーンライトながら以外では主に特急「踊り子」などとして使用されていた。

 

※ 記事中各編成図の内容については保証しません