こんにちは
乳がん告知までの経緯を振り返り記録させていただきます。
全ての始まりは、2018年夏に受けた健康診断で要精密検査の通知を受けたことでした。
当時、母が胃がんの末期で死期が近い状況でした。市内の総合病院に入院していた母を毎日見舞い、日に日に弱っていく母の姿をみるのはつらく精神的に参っている状況で受けた健康診断でした
(母のことについては、後日アップしたいと思います)
ですので、カテゴリー3 との通知を受けても何の動揺もなかったように思います。
封書を開けると、受診を促す内容と、近くの総合病院の紹介もできる と記載してあります。翌日、検診を受けた病院からスマホに留守電が入っており、”すぐに折り返し電話をするように”との内容
気づいたのが時間外だったこともあり、連絡できずにいると、2回目の封書が届きます。この対応の速さに
え 私・・やばい
と、思いました。
検査を受けた時のことを思いおこしてみると、やたら長く、右・・左・・そしてまた右・・・何かある・・と思って今見ていらっしゃるというのがわかりすぎる感じではありました。
すぐに連絡をとると、看護師さんから ”総合病院がいいと思います”と丁寧に言われ、手配していただくことにしました。
紹介してもらった病院は母が入院している病院です。不謹慎なのですが、素人目にも明らかに死期が近く、父が毎日つきっきりで付き添っています。
今、この状況で父にこれ以上の心配はかけたくないと思い、少し先に予約を入れていただけないかとお願いすると、ホスピタリティー精神満載の口調で
”早いほうがいいと思います”
と私の希望は受け入れられませんでした。
この時、嫌な予感が少ししましたが、やはり心の中には母のことしかありませんでした。

にほんブログ村