地平時代の紀勢本線紀和駅 | HIDEKYUブログ

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 JR西日本、紀勢本線紀和駅が高架化されたのは2008年10月4日のこと。それ以前は地平駅ででした。

 この紀和駅は1968年までは和歌山駅を名乗っていました。そして、現在の和歌山駅は東和歌山駅となっていました。そうなんです。この駅は和歌山の少なくとも鉄道の中心駅でした。

 和歌山線も紀勢本線もこの紀和駅を基準に伸びていきました。といっても、現在のJRの路線図からだと想像しがたいですが、和歌山線は現在の和歌山駅へは入らず、田井ノ瀬から直進し、阪和線の紀伊中ノ島駅の下をくぐり、この紀和駅まで線路が伸びていました。この路線こそが1898年に和歌山線の前身、紀和鉄道が敷設した路線でした。紀勢本線が紀勢西線として、この駅から箕島まで開業したのが1924年でした。

 しかし、1961年に田井ノ瀬から東和歌山までの貨物支線が開通、1968年2月1日には、駅名を紀和駅と改称しました。東和歌山駅が和歌山駅になったのが1968年3月1日で、1か月間、和歌山駅が存在しない期間がありました。

 その後、紀和駅の地位は、下がり続けました。1974年には田井ノ瀬~紀和間の路線が廃止。和歌山線の列車が来なくなりました。1984年には和歌山~和歌山市間が電化される明るいニュースもありましたが、1985年には、急行「きのくに」の廃止で、この駅を通る優等列車が皆無となり、駅は無人化されました。

 写真は2004年の撮影で、まだ、高架になる前の一番寂しかった時代やったのかも知れません。

 放置された自転車が寂しさを醸し出しています。しかし、立派な駅舎は、昔は確かに和歌山駅を名乗っていたことを証明してくれています。

 嵩上げしたホームが、昔は客車列車が発着していたことを語ってくれていました。

 駅の南側では、更地にする工事を行っていました。かつては2面3線を有した駅構内。その敷地あとの整備なんでしょうか。

 この2年後の2006年には、高架工事に伴い、仮設ホームとなり、2008年10月4日より高架ホームが供用開始となりました。現在では、ここに映る105系も新鋭227系1000番台に世代交代しました。

 

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