先日、MR . IMPOSSIBLE が待ちに待った、本たちが、どん!っというくらい
我が家にやってきた。
多分、合計80冊くらい。パックになっているものもあったので、
正確な納品数を数えようとする前に、息子がまるで漫画の一場面のように、ドン!と私をつきとばし・・・
いえいえ、押しのけ、封を開け、箱の前でまるで宝箱をひらいたかのように、ウハウハ顔。
宅急便のお兄さん、できれば、息子が学校に行っている間に届けてほしかった・・・。
こうなると、もう、無理。
「あとで数を数えるから、今、さわらないでね。」と頼んだものの、(ちょうど台所をしていて
手が離せなかった)そんなのは、しったこっちゃ~ない。
こっそり???抜き取り(全然バレバレ)、部屋に戻って爆読中
(こんな用語ないけど、まさしくそんな感じ)。
ご飯が出来たよ~~~と言っても、返事もありゃしない。
私も本が好きだから、その気持ちもわからんでもないが、その日は失敗した。
結局、ご飯は冷め冷め。温めなおすハメに。二度手間になってしまった。
今、彼が恋焦がれた?本が、「Magic Tree House」シリーズ。
これ、現在40巻まで出ている。
1~8巻までと、間がぬけて、何冊かを持っていた。
1~8巻までは、息子が3歳10ヶ月のころに買った。
対象年齢が4歳~8歳になっていて、その当時は実際に手にとって見る機会がなかったので
その対象年齢をもとにこのシリーズを買ったのだった。
最近は、おいつかなくなったので、しなくなったが、まだ息子が小さかったころは本に何歳のときに買ったか、日付をかいていた。(別にあまり役に立たないが、あとで思い返すと楽しい)
本が届いて、中をみて、こりゃ、しばらく無理だな。と思った。
Dinosaursが好きで、一冊目がDinosaurs Before Darkだったので、読み聞かせなら
はまるかもしれない?!なんて期待をして、やってみたが、見向きもしなかった。
・・・で、当然、本棚の隅で眠るハメになり、日の目をみるのはそれから数年先になる。
この本、単品でどこからでも読めて楽しめるのだが、4冊1セットのようにお話のところどころに他の話がちょろりと出てきたりする。それがまた、子どもには面白いんだと思う。
シリーズの最初のほうは、中学生レベルの英語力があれば十分楽しめると思う。
シリーズも後のほうになると、さすがに、字数も増え、読み応えのあるものになっている。
しかも、これまたお勧めなのが、このシリーズ、やはり作者のMary Pope Osborne氏が
朗読したCDを出している。これが、書いているご本人が読んでいるから、すごくいい。
一作、出るごとにCDを出されている珍しいシリーズだと思う。
その後、日の目を見たこの本を、
息子とソファに並んで座って、一緒に聞くのがとても楽しかった。
本棚の隅で眠っていた本が、いつ、彼の中でブレイクしたのか?
それは小学生になってからである。
本に書かれている対象年齢っていうのは、あてにもなるし、あてにもならないものである。
また、その時に興味がある話題だったりすると、年齢に関係なく読めたりする。
そういうところが本の魅力だと思うのだが。
ブレイクすると、とどまるところを知らぬ、のようにはまるのがまた恐ろしい。
その時に持っていたシリーズを全部読み終えると、
次が読みたいとうるさいくらいの勢いでやってくる。
おいおい、あんだけ、本棚の隅にほうっておいたくせに・・・。本の魅力は恐ろしい。
しかし、このシリーズ、ただものじゃないくらいにある。ので、図書館で探すことにしたが
残念ながら、地元、さらに、市全部の図書館の本を検索してもらっても、
一冊も原書がなかったのである。がっかり・・・である。
で、結局、買うハメになったのである。とほほ。
ここで、面白いのを一冊。内容も面白いのだが、日本人だから面白い、と思えるのがこれ↓
舞台は日本、江戸時代である。作者ご本人が日本が好きなのがよくわかる。
出てくる日本の登場人物が、「Samurai」「Shogun」、そして、「Basho」、
CDの朗読で「ばぁしょ」となっている。
うん???松尾芭蕉???である。
しかも、「Edo」が「い~ど」と読まれているのもなかなか、面白い。
寿司や相撲もでてくるし、外国人の観光のようである。
もちろん、息子には「えど」、「ばしょう」と教えたが、
外国人から見た、ちょっぴり変な日本が楽しかった。
今年の夏休みは、彼にとって、楽しい本がいっぱい読めた夏休みだったと思う。
私は平日4時間だけだが働いていて、土日は確実に休めるのだが、官庁関係なので、
夏休みやお盆休みがなく、今年の夏休みは実家から母にきてもらい、夏休みの1ヶ月半、
泊り込みで私の留守中の息子の面倒をみてもらうことになった。
私にもパラダイスのような生活だったが(家事洗濯をしてもらい)
息子にも、私に制限されることなく、本が読める楽しい夏休みだったそうだ。
夏休み中、私としては、朝ごはんを食べた後の午前中に夏休みの宿題や勉強を
済ませてから、本を読む時間、にして欲しかった。
ところが、そこはやはり孫に甘いうちの母。
息子もよくわかっていて、英語を先にやっていい?その後に、
算数と国語をするから。と母を丸め込むのである。
もちろん、私の場合なら、まず、先に算数と国語をやってから。ということになるのだが、
母の場合は、英語と算数と国語が同じ「勉強」だと思っているので、
どれからやってもいいよ。となるのである。
そうなると息子にとっては、しめたもので、私が仕事から帰ってきてみると、
まだ本を読んでいる。という状態がほとんどだった。
しかも、こうなると、その日にやろうと思っていた算数と国語をしないまま
外へ遊びに行く、というパターンになり、宿題や勉強が進まない、というハメになる。
何度となく、同じことを繰り返しているうちに、母も要領がのめてきて
「先に算数と国語をやってから」となったのは、夏休みも後半になってからである。
夏休みの途中で、いったいどれくらいの冊数を読んでいるのだろう?と思い立ち、
ノートに簡単でいいから読んだ本のコメントをかくように促したところ、
70冊を超えていた。途中から数え始めたので、100冊くらいは読んでいるのかもしれない。
日本語の本もあわせるとどれくらい読んだのだろう?ちと把握できていない。
どこかのテレビCMではないが、成長する夏休み、とはこんな感じだろうか。と思った。
本は心のご飯だと思う。いい本に出会うと心にしみるお味噌汁のように、本当においしい。
とても面白いと、ほかほかの炊きたての白いご飯のように、モリモリと心に入る。
勉強もちゃんとやってほしいと思うし、遊びも一生懸命、めいっぱいして欲しい。
そして、たくさんの本をモリモリと心に食べて、大きく優しい子になってほしいと願っている。
我が家の英語は、勉強ではない。
能力でもない。
ただの、言語である。
息子が夏休みに母をちょろまかし、英語を先にしていたのは
彼にとって英語は勉強ではなく、ただの言語で、
日本語の本を読むのと同じだったからである。
息子が生まれて英語をさせようと思ったときに、
英語のある生活が当たり前である、ことを目指した。
たとえば、彼が成長して、試験勉強等をしているときに、ちょっと息抜きしたいからと、
手にとる本が、日本語であろうが、英語であろうが、どちらでも楽しめる。
という風にしたかった。
そういう風になるように、育ててきたつもりである。
今のところ、もくろみどおりに進んではいると思っているが(本当か?!)、
この先はわからない。
実は、英語を始めたと同時に、日本語、英語のほかに、フランス語もやっていた。
(フランス語は親の完全なる自分の後悔の押し付けなのだが)
しかし、小学校受験のときに、英語でさえも邪魔になると散々言われ、
フランス語なんてもってのほか!という、まわりの意見に流されてしまい、
フランス語を捨ててしまった。
後悔先に立たず。とはまさしくこのことだと、痛恨の極みである。
読めないフランス語の本たちが、本棚の隅で眠っている。
いつか、日の目をみてくれる日がこないだろうか、と願っている。
我が家にやってきた。
多分、合計80冊くらい。パックになっているものもあったので、
正確な納品数を数えようとする前に、息子がまるで漫画の一場面のように、ドン!と私をつきとばし・・・
いえいえ、押しのけ、封を開け、箱の前でまるで宝箱をひらいたかのように、ウハウハ顔。
宅急便のお兄さん、できれば、息子が学校に行っている間に届けてほしかった・・・。
こうなると、もう、無理。
「あとで数を数えるから、今、さわらないでね。」と頼んだものの、(ちょうど台所をしていて
手が離せなかった)そんなのは、しったこっちゃ~ない。
こっそり???抜き取り(全然バレバレ)、部屋に戻って爆読中
(こんな用語ないけど、まさしくそんな感じ)。
ご飯が出来たよ~~~と言っても、返事もありゃしない。
私も本が好きだから、その気持ちもわからんでもないが、その日は失敗した。
結局、ご飯は冷め冷め。温めなおすハメに。二度手間になってしまった。
今、彼が恋焦がれた?本が、「Magic Tree House」シリーズ。
これ、現在40巻まで出ている。
1~8巻までと、間がぬけて、何冊かを持っていた。
![]() | Magic Tree House Books #5-8: Night of the Ninjas/Afternoon on the Amazon/Sunset of the Sabertooth/Midnight on the Moon (2002/05) Mary Pope Osborne 商品詳細を見る |
1~8巻までは、息子が3歳10ヶ月のころに買った。
対象年齢が4歳~8歳になっていて、その当時は実際に手にとって見る機会がなかったので
その対象年齢をもとにこのシリーズを買ったのだった。
最近は、おいつかなくなったので、しなくなったが、まだ息子が小さかったころは本に何歳のときに買ったか、日付をかいていた。(別にあまり役に立たないが、あとで思い返すと楽しい)
本が届いて、中をみて、こりゃ、しばらく無理だな。と思った。
Dinosaursが好きで、一冊目がDinosaurs Before Darkだったので、読み聞かせなら
はまるかもしれない?!なんて期待をして、やってみたが、見向きもしなかった。
・・・で、当然、本棚の隅で眠るハメになり、日の目をみるのはそれから数年先になる。
この本、単品でどこからでも読めて楽しめるのだが、4冊1セットのようにお話のところどころに他の話がちょろりと出てきたりする。それがまた、子どもには面白いんだと思う。
シリーズの最初のほうは、中学生レベルの英語力があれば十分楽しめると思う。
シリーズも後のほうになると、さすがに、字数も増え、読み応えのあるものになっている。
しかも、これまたお勧めなのが、このシリーズ、やはり作者のMary Pope Osborne氏が
朗読したCDを出している。これが、書いているご本人が読んでいるから、すごくいい。
一作、出るごとにCDを出されている珍しいシリーズだと思う。
その後、日の目を見たこの本を、
息子とソファに並んで座って、一緒に聞くのがとても楽しかった。
![]() | Magic Tree House Collection: Books 1-8 (Osborne, Mary Pope. Magic Tree House Series (New York, N.Y.).) (2001/10/09) Mary Pope Osborne 商品詳細を見る |
本棚の隅で眠っていた本が、いつ、彼の中でブレイクしたのか?
それは小学生になってからである。
本に書かれている対象年齢っていうのは、あてにもなるし、あてにもならないものである。
また、その時に興味がある話題だったりすると、年齢に関係なく読めたりする。
そういうところが本の魅力だと思うのだが。
ブレイクすると、とどまるところを知らぬ、のようにはまるのがまた恐ろしい。
その時に持っていたシリーズを全部読み終えると、
次が読みたいとうるさいくらいの勢いでやってくる。
おいおい、あんだけ、本棚の隅にほうっておいたくせに・・・。本の魅力は恐ろしい。
しかし、このシリーズ、ただものじゃないくらいにある。ので、図書館で探すことにしたが
残念ながら、地元、さらに、市全部の図書館の本を検索してもらっても、
一冊も原書がなかったのである。がっかり・・・である。
で、結局、買うハメになったのである。とほほ。
ここで、面白いのを一冊。内容も面白いのだが、日本人だから面白い、と思えるのがこれ↓
![]() | Dragon of the Red Dawn (Magic Tree House) (2008/08/12) Mary Pope Osborne 商品詳細を見る |
![]() | Dragon Of The Red Dawn (Magic Tree House) (2007/02/27) Mary Pope Osborne 商品詳細を見る |
舞台は日本、江戸時代である。作者ご本人が日本が好きなのがよくわかる。
出てくる日本の登場人物が、「Samurai」「Shogun」、そして、「Basho」、
CDの朗読で「ばぁしょ」となっている。
うん???松尾芭蕉???である。
しかも、「Edo」が「い~ど」と読まれているのもなかなか、面白い。
寿司や相撲もでてくるし、外国人の観光のようである。
もちろん、息子には「えど」、「ばしょう」と教えたが、
外国人から見た、ちょっぴり変な日本が楽しかった。
今年の夏休みは、彼にとって、楽しい本がいっぱい読めた夏休みだったと思う。
私は平日4時間だけだが働いていて、土日は確実に休めるのだが、官庁関係なので、
夏休みやお盆休みがなく、今年の夏休みは実家から母にきてもらい、夏休みの1ヶ月半、
泊り込みで私の留守中の息子の面倒をみてもらうことになった。
私にもパラダイスのような生活だったが(家事洗濯をしてもらい)
息子にも、私に制限されることなく、本が読める楽しい夏休みだったそうだ。
夏休み中、私としては、朝ごはんを食べた後の午前中に夏休みの宿題や勉強を
済ませてから、本を読む時間、にして欲しかった。
ところが、そこはやはり孫に甘いうちの母。
息子もよくわかっていて、英語を先にやっていい?その後に、
算数と国語をするから。と母を丸め込むのである。
もちろん、私の場合なら、まず、先に算数と国語をやってから。ということになるのだが、
母の場合は、英語と算数と国語が同じ「勉強」だと思っているので、
どれからやってもいいよ。となるのである。
そうなると息子にとっては、しめたもので、私が仕事から帰ってきてみると、
まだ本を読んでいる。という状態がほとんどだった。
しかも、こうなると、その日にやろうと思っていた算数と国語をしないまま
外へ遊びに行く、というパターンになり、宿題や勉強が進まない、というハメになる。
何度となく、同じことを繰り返しているうちに、母も要領がのめてきて
「先に算数と国語をやってから」となったのは、夏休みも後半になってからである。
夏休みの途中で、いったいどれくらいの冊数を読んでいるのだろう?と思い立ち、
ノートに簡単でいいから読んだ本のコメントをかくように促したところ、
70冊を超えていた。途中から数え始めたので、100冊くらいは読んでいるのかもしれない。
日本語の本もあわせるとどれくらい読んだのだろう?ちと把握できていない。
どこかのテレビCMではないが、成長する夏休み、とはこんな感じだろうか。と思った。
本は心のご飯だと思う。いい本に出会うと心にしみるお味噌汁のように、本当においしい。
とても面白いと、ほかほかの炊きたての白いご飯のように、モリモリと心に入る。
勉強もちゃんとやってほしいと思うし、遊びも一生懸命、めいっぱいして欲しい。
そして、たくさんの本をモリモリと心に食べて、大きく優しい子になってほしいと願っている。
我が家の英語は、勉強ではない。
能力でもない。
ただの、言語である。
息子が夏休みに母をちょろまかし、英語を先にしていたのは
彼にとって英語は勉強ではなく、ただの言語で、
日本語の本を読むのと同じだったからである。
息子が生まれて英語をさせようと思ったときに、
英語のある生活が当たり前である、ことを目指した。
たとえば、彼が成長して、試験勉強等をしているときに、ちょっと息抜きしたいからと、
手にとる本が、日本語であろうが、英語であろうが、どちらでも楽しめる。
という風にしたかった。
そういう風になるように、育ててきたつもりである。
今のところ、もくろみどおりに進んではいると思っているが(本当か?!)、
この先はわからない。
実は、英語を始めたと同時に、日本語、英語のほかに、フランス語もやっていた。
(フランス語は親の完全なる自分の後悔の押し付けなのだが)
しかし、小学校受験のときに、英語でさえも邪魔になると散々言われ、
フランス語なんてもってのほか!という、まわりの意見に流されてしまい、
フランス語を捨ててしまった。
後悔先に立たず。とはまさしくこのことだと、痛恨の極みである。
読めないフランス語の本たちが、本棚の隅で眠っている。
いつか、日の目をみてくれる日がこないだろうか、と願っている。




