規律と自由度の最適なバランスについて考えたことがありますか?






仕事にルールやマニュアルがないと、人それぞれにやり方が異なってしまい、成果物の品質がばらついてしまいます。

ルールがなければカオスになる というヤツです。

一方で、ルールでガチガチに縛ると、自然発生的な改善や進歩が見られなくなってしまいます。

組織が硬直化して極端に保守的になると、組織の成長が鈍化/停滞する というヤツです。


ほとんどの組織は、極端なガチガチとカオスの中間に位置していると思いますが、コンピューターシミュレーション(セル・オートマン)によると、「カオスの縁」になるような自由度と規律のバランスを満たした時、複雑系が創造しうるとされています。

この「カオスの縁」にとどまり続けることこそ、進化を続けている生物の戦略であり、これを達成するための方法について書かれた「生命のからくり」という本に面白い解説が載っていたので発信します。


生命のからくり (講談社現代新書)/講談社


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通常、進化といえば、遺伝子つまりDNAの漸進的な変化を指します。

DNAは生命活動の設計図と言われたりしますから、細胞分裂するときに正確にコピーされないと、生命活動に異常をきたします。なので、基本的には変化なんかしないようにできているものと思われがちです。




ところが、どうやらDNAはする予定がないのに起こってしまう「偶発的な」変化だけでなく、あえて変化させる仕組みを組み込んでいる「予定調和的な」変化があるようなのです。




まずは単細胞生物の細胞分裂を想像してください。

細胞分裂して細胞が二つになるということは、DNAもコピーされなければいけないですよね。

コピー機もないのにどうやって作るんだよ!ってなるのですが、これはDNAの形自体が解決してくれます。


DNAは2本の相補的な鎖状の物質 と言われています。
「相補的」というのは、ねじのオスメス関係のようなものであり、片方が決まればもう片方も決まっちゃう関係のことです。


なので、2本の鎖をほどいて、それぞれの鎖の相方を作り直すと、二組の同一な2本鎖ができちゃう(コピーできちゃう)というわけです。

実はこの相方を作り直す作業では、オスの鎖とメスの鎖で精度が違うようなんです。

つまり、2つの細胞に分裂したとき、片方はほぼ間違いなくコピーされるのに、もう片方は一定の確率で小さなエラーを含んでいるわけです。

ちなみに、この過程で生じるエラーは、致命的なエラーになることはほとんどありません。

なので、エラーを持ったDNAがさらに複製を重ねることで、変異が蓄積していくのです。



職場で例えると、新入社員が入ってくるケースを思い浮かべると面白いかもしれません。

新入社員の仕事は、間違いがないようにマニュアル化されていることが多いですよね。

でも、マニュアルで正攻法を習得する一方で、先輩から裏技や独自法を習うことがあるわけです。

マニュアルはそうそう更新されませんが、裏技や独自法は継承されるたびに少しずつ変わっていくわけです。

こうして、業務の進め方に変異が蓄積していきます。

最初の職場を巣立った社員たちは同じような業務を完遂できますが、やり方はすこしずつ異なる ということが起こるのです。

地上でもっとも繁栄している生物は何だと思いますか?

人類?昆虫?


人類は、高等知能を有し、文明まで作っているすごい生物ですよね。質的にはもっとも進歩しているといえるでしょう。

昆虫もすごいです。いまだに発見されていない新種が数多くいるとされています。種類の多さでは、動物界でもっとも繁栄しているといえるかもしれません。




で、私の個人的な答えはというと、人類でも昆虫でもどちらでもなく・・・植物だと思っています。

そもそも比較レベルが違いすぎるだろうという突込みはこの際容赦してください。

まずもって、圧倒的な体積および重量。

それに、地球環境を変えた(二酸化炭素等が多い還元的な大気を、酸素が多い酸化的な大気に変えてしまった)という実績。

更には、動物界を支える有機物を作り出す光合成をしていること。

動物界を支える母なる植物界はとても偉大なのです。



というわけで、植物って非常に長期にわたって繁栄しているので、多様な歴史を乗り越えてきているわけです。

その結果、見た目にもわかる多様な形態や生存戦略をとっています。

なので、植物の生活環や生存戦略は、様々な生産活動に示唆を与えてくれると思ったので情報発信します。







例えば、新規事業の立ち上げと種子の発芽。

新規事業は、立ち上げ当初赤字です。でもそれを乗り越えると、急激に黒字を積み重ねることができます。

これは、種子の発芽に似ていませんか?発芽当初は、種子の中に蓄えたでんぷんをエネルギー源として使用して、細胞を増やします。そののち、根や葉に分化した細胞器官が成長に必要な成分を供給するようになるわけです。




さて、ここまでだと、古いおっさんの説教と変わりません。

ここでもう一歩突っ込みましょう。



例えば、種子の大きさ。

種子が大きいほど、幼植物の生存率は上がります。なので、出芽初期の競争がし烈で、そういう初期の競争に勝ってしまえばあとは競争が起こらないような環境では、種子が大きいほうが有利です。

これを新規事業に当てはめるなら・・・長期にわたって稼ぎが期待できるような業界では、初期の資本投下が大きいほど競争優位になるはずです。



・・・なんだか嬉しくない話ですよね。


逆に、資本金が多い会社が不利になる条件はどんなところでしょうか?

種子に戻って考えましょう。

幼植物の成熟後に期待される生産量よりも、種子に投資した養分の方が多い場合、大きな種子をつける植物は損をします。

平たく言うと、100gの種を植えても再生産できる種の重さが70gだったら、損ですよね。

痩せた土地に種をまいても損をするだけなのです。







新しい土地や大きな木が倒れた後の空間ではなく、既に成熟した森ではどうでしょうか?

成熟した森すなわち、大木が生い茂るような場所では、幼植物が地面から這い上がって大木を駆逐するのはまず不可能に近いでしょう。

とは言え、そのような森には新しい植物は絶対に侵入してこないのでしょうか?

私の知る限り、以下2つの植物は、確実に侵入してきます。

蔓植物と寄生植物です。




蔓植物で有名なのは、藤と葛とアケビ。

どれも、大きな木の幹に絡みついて、光が届く樹冠に葉を出します。

藤や葛の幹も、それなりに立派な幹になりますが、絡みつかれる木の幹に比べ、非常に細く柔軟です。

つまり、幹にほとんど投資をせずに、上空高いところに葉をつける戦略をとっているわけです。

大木が過去に築いてきた資産のうち、現在は活発に使っていない部分(幹)を拝借して、最先端の競争ステージに侵入するような戦略です。

企業で言えば、他社の遊休資産を活用して、新たなビジネスを行うような業態でしょうか?

具体的には思いつきにくいのですが、OEMなんかが当てはまるかもしれません。

彼らの弱みは、絡みつかせてもらっている大木が支えきれなくなると、自らも足場を失って、滑落する運命になることです。




寄生植物で有名なのが、ヤドリギ。

鳥の糞などに種子を潜り込ませて、木の樹冠に着生します。

こちらは蔓植物よりもさらに投資を絞っています。

根も幹も必要最小限の投資にしています。

特にすごいのは根。

通常、植物は地中から水分や無機養分を補給しますが、ヤドリギは、宿主の維管束からそれらの養分を拝借します。

ずるいですね。

そんなずるさを実現させている最大の特殊性は、鳥の力を借りて、低い地面からスタートするのではなくいきなり上空の樹冠に発芽すること。

なんだか、特殊な「コネクション」を持っている人みたいですね。







ということで、長い歴史をもつ植物は、生産活動や生存戦略に対して様々な示唆を与えてくれるわけです。



通常のビジネスシーンでは、新しい企業戦略や商品戦略が出るたびに、それにキャッチアップするための努力を強いられることが多いと思います。

でも、一歩引いて、その戦略を抽象化/一般化してみることができたなら、それは、植物やその他の世界で既に行われている戦略に近いかもしれません。


そんな、示唆を与えてくれる何か を学び続けることは、自分らしい提案を導く原動力になるかもしれませんね。






































ジャガイモ、好きですか?私は、大好きです!!




ドイツは統一記念日とやらで、金曜が休みでした。

この先はクリスマス休暇まで祝日なしとなるので、これを逃してなるものかと、ベルギーのブルージュという町に行ってきました。

ブルージュは、「地球の歩き方 ベネルクス編」にて、ベルギーの観光地としてはブリュッセルに次ぐ頁数を割かれています。なので、既にいらっしゃった方もおられると思いますが。。。




町は、小さくて中華街がない横浜 という感じでした。

元々港街だったようですし、レンガの建物がたくさんありますし、馬車も走っていますし、美術館/ギャラリーもお手軽なカフェも結構あります。

ドイツの都市ではあまり見られない、小洒落た雑貨屋さんも3-4件はありました。

お決まりのチョコレート屋さんもワッフル屋さんも十分すぎるほどありました。

女子旅には持って来い といった感じでした。




さて我が家はというと、子供が楽しめるものも当然チェックしているわけです。

今回はボートの運河めぐりと、海(砂浜)で砂遊び、そして、フリッツミュージアム(フリッツはベルギーでフレンチフライのこと)がノミネート。

で。

ボートと砂遊びもそれなりに楽しかったのですが、何より楽しかったのがフリッツミュージアムでした。




ジャガイモの歴史から、フリッツの歴史、作り方まで 熱い思いを感じさせる展示でした。

ジャガイモ品種の選定やイモの切り方、油の種類、2度揚げの理由、そして多様なソースのレシピと、ベルギー人のフリッツにかける情熱の深さとフリッツ自体の奥深さに感銘を受けました。

ヨーロッパ人は日本人に比べて、仕事に対する真剣さや精緻さで劣ると思っていたのですが、こだわりを持つとトコトンやるんですね。

正に、たかがポテトフライ、されどポテトフライ。

なんだか心が洗われました。

※味の方ですが、ちょっと太めでカリッとしてて、塩だけで食べると牛脂の香ばしさが際立ち、マヨまたはアンダルースソースを付けるとソースの冷たさとソースの酸味と濃厚さが混然一体となって・・・といった感じです。




あと、旅行者の方にはあまり関係ないかもしれませんが、ジャガイモの品種情報についても見逃せません。

今まで近所のフランス系スーパーで見かけるジャガイモの品種について説明を聞いたことがなかったので、とても為になりました。

いつも食べているCharlotteNicolaという品種はエグ味のないメイクインのような味わいで茹でるのには重宝するのですが、ほくほく感はないです。

フリッツにはBintjeという、男爵イモに似たホクホク系のいもが向いているようです。



ホクホクの芋、あるじゃん!!お袋風肉ジャガできるじゃん!!





意外に、海外での野菜の品種に関する情報って日本語サイトに落ちていないことに気づいたわけでした。

きっと、そんなディープな情報を手にする頃には現地言語が堪能になる方が多いのでしょうね























現在の所属集団の嗜好が自分に影響を与えていること、ないでしょうか?


もう少し簡単にいうと、ロック好きの友人と長い時間を過ごしていると、自分もロック好きになったりしていませんか?

お洒落な同僚が多い職場で過ごしていると、社外の友人と会ったときに、違和感を感じたりしませんか?







こちら側とあちら側の話(http://ameblo.jp/hidden-rule/entry-11911469035.html )でも書きましたが、最近、長倉顕太さんにやられています。

毎月出ている電子書籍は全部買ってしまったし、メルマガも購読しているし、「情報発信しろ」と書いてあったから、このブログまで始めてしまいました。



彼が何度も発信しているメッセージの一つに「我々凡人は自力で変わることはできない。だから、すごい奴に付いて行って、引っ張り上げてもらうしかない」というのがあります。

これ、核心を突いている気がするのです。






私自身、2度、引っ張り上げてくれた人との出会いがありました。

1回目が学生時代、祭りの世界に引きずりこんでくれた先輩。ただただカッコよくて、憧れて、同じ目線に立ちたくて2年くらいはひたすら追いました。洋服、バイト、茶髪、麻雀、映画、劇団の手伝い…ほんとになんでもかんでも。しばらくして、自分の立ち位置や価値観が確立するにつれ、離れていきましたが。


2回目は入社後。一番近くにいたとんでもなく出来る同期。理系基礎学問という超マニアックな分野から祭りというローカルの世界を知ったばかりの自分にとって、ビジネスの基礎や世相流行の追い方を知っている彼は今でも追いつけない存在です。彼は転職してしまったし、自分も転勤してしまったので疎遠になりつつありますが。。



冒頭でも言及した通り、僕らは日常多くの人から少なからず影響を受けているものです。

とは言え、憧れや嫉妬を抱くほどの「すごい奴」に引っ張ってもらった時の、自分の変化(成長?)速度は別次元です。




では、どうやってそういうすごい奴に出会うか?

どうやって、すごい奴を見つけるか?



長倉顕太さんは、業界No.1はまず間違いなく「すごい奴」だと言っています。

そりゃそうかもしれないけど、そういう人と会う機会って、なかなかないですよね。。





前述のすごい同期は、「すごい奴とかそう簡単に出会えないし、自分が成長するにつれて、すごいと思える人も減ってくる。だから、本を読むべきだろ」と言っていました。

一理あります。

特に昨今はツイッターやFacebookもあるので、たとえ会えなくても、すごい著者の色々な側面を知ることができます。




私は、確かに本を結構読んでいます(2か月で25千円くらい使ってます、漫画を含みますがw)。

でも今までは、乱読だったので、すごいと思う本があっても、それ以上はその著者を追っていませんでした。

なので、ちょっと長倉さんに入れ込んでみました。

そうしたら…「ただ本を読んだだけ」 よりも、より強く影響を受けるようになっている気がします。

実際にブログも始めたわけだし、そのブログで長倉さんのことを書いてしまうし。

それ以上に、メルマガやらブログを読んでいると、長倉さんの発信情報を、自分よりも上手く生かしている人がたくさんいることに気づくのです。

セミナーもすぐ満席になっているようだし、本以外のメディアでの反応も大きいし、そもそも本だってすごく売れているし。

そうこうしているうちに、さらに長倉さんが見ている世界に近づく努力をしている自分に気付いたわけです。






これは、なかなかいい仕組みです。

すごい人から影響を受け、さらに、そのすごい人の周りにいる人に負けたくないと思う本能的心理を利用して、自分の変化速度を飛躍的に上げることができます。

すごい人の持っているものを「ただ乗り」的に直接単発的に貰ってしまうだけでなく、その周囲の人より損したくない(負けたくない)という気持ちを煽ることによって継続的かつ効率的にそれを吸収できるわけです。

単に、本を読んだ後で、ブログやFacebookをチェックするだけで、上記のサイクルが勝手に動き出すのです。






是非、すごい人を見つけたら、その人に付いて行ってみては如何でしょうか?

その人が本の著者で、付いていくのが物理的に難しいならば、ブログやメルマガやFacebookのチェックをしてみては如何でしょうか?

…こんなのは、皆さん既に実行されているかもしれないですが。

ただ乗り戦略の話、読んでいただけたでしょうか?




順番的にはそちらから読んだ方がしっくりくると思います。


私の記事はちょっと長いので、ちょっとご負担になるかもしれませんが…







さて、ただ乗り戦略でした。

ヒトは、「損をしたくない」という脳の指令を受け、自分の行動戦略を「隣人との比較」で決めるようですね。

言い換えると、行動を起こした時に得られる利益を事前に計算して行動すべきか決める というよりは、隣人よりも損しないような行動をとるようです。

なので、複数の人が協力して大きな利益を上げるような活動を始めた場合、その集団規模が大きくなるにつれ、「協力」はしないけど「利益は享受する」というただ乗り戦略が横行するということです。




さて、ただ乗りをむざむざ許しているようでは、誰も協力行動/集団活動をとりたくなくなります。

でも、世の中、長く続いている集団活動は結構ありますよね。

なぜでしょう??




ざっと考え付くのは以下の3つでしょうか?

A, 集団の掟が明確化されている(協力行動を確実に求められる)場合であり、ただ乗りが排除される

B, 集団のサイズが適正に保たれている場合であり、ただ乗りがそもそも発生しない

C, ただ乗り戦略を逆手に取り、後から参入したメンバーから搾取する仕組みになっている




Aは営利集団に当てはまるケースだと思います。お金を生む組織なら、掟を明文化する作業負荷がペイするし、集団自体がお金を生み続けないと消滅してしまう運命にある以上、メンバーもシビアな管理を受け入れることでしょう。

Bは、世代交代が仕組み化されている学校などが当てはまると思います。学校以外にも、大学卒業後は、当てはまるケースが増えたと思います。「独身社会人」というコミュニティは、新卒社会人がどんどん流入してくる一方で、結婚/出産で抜けるメンバーも確実に存在します。入社後の友人コミュニティはそれほど規模が大きくならないことが多いのでは??

Cは、悪徳宗教団体なんかがぱっと思いつきます。実は、会社の部署なんかもこれに近いかもしれません。雑用や幹事を若いもんに押し付けて、その上で、やたらと注文を付けるという…




個人的には、Bを採用して、集団の規模を最適化するのが性に合っているような気がします。



公私ともに、協力作業・集団行動が必要になることは多々あります。

私的なものだと、ホームパーティーや、友人の結婚式の二次会幹事、親戚の集まりなどなど。


自分にとって気持ちよく関わりあえる集団規模がどの程度なのか?

これを知っておけば、効率よく無駄なトラブルを避けながら、大きな成果が得やすくなるかもしれないですね。

新しいことを数人で始めたことありますか?


例えば、大学の授業を代返する会とか、勉強会とか・・・

奥様会とか、大学のサークルとかもそうですよね。




私はどちらかというと何かを始めるのが好きだし、無駄にしんどい作業を一緒にやった仲間と培う信頼関係も大好きです。



で、よく直面していたのが…

人数がそれなりに集まってくると、ただ乗りする人が出てくる→それを快く思わない人と衝突する→破たん というパターンです。




例えば。

大学入学したてでバイトも未経験、当然お金がない となると、誰かの家で割り勘で飲むのが定番ですよね。

一人だと寂しいし、日本酒1本空かないし、食材だって腐っちゃうし…ということで、集まると結構いいことがあるんです。

楽しいから続けていると、次第に人数が増えていきます。

最初のころ3-4人で集まっていた頃までは、みんな気を使って何かを買ってきたり手伝ったりするのですが、人数が増えてくると割り勘だけで済ます人が出てくる。


割り勘払ってるんだから って、本人は悪気なんてない。

主催者の友達の友達 とかになるから、主催者がどんな負担をしているか知るチャンスもないし。

でもね、家を提供した人は、事前準備はら始まり後片付けから隣人のクレーム対応やら電気代の支払いまで、見えないコストを払っているんですよね。

で、そのうち誰かが地雷を踏む。

何かを壊したり、喧嘩したり、悪乗りしたり・・・

で、崩壊するわけです。




これって、面白いほどよくある話だと、最近思います。

特に気を付けたいと思っているのが、海外赴任コミュニティ。

皆様ご存知の通り、日本国内市場の低迷に伴い、多くの若者が海外赴任を任じられつつあります。

当然、受け入れ先の海外事務所では、「コミュニティの拡大」が起こっているわけです。

なんだか、さっきの話に似ていますよね。

そうなんです。

海外って、やっぱり一人で生きていくより、協力してい生きていく方が効率が良いです。

で、少人数のうちはみんなで集まって、負担を分担して、得られる利益を共有するのでみんなハッピーなのです。

が。

人数が増えると、ただ乗りが出てくるわけです。

そうすると、ただ乗りしている人が一番美味しい。

人間て、自分の幸せを比較でしか感じることができないから、自分より美味しい思いをしている人がいると、許せないわけです。

すると・・・もう書かなくても結果は自明ですよね。




これの何が恐ろしいかというと、ただ乗りしちゃった場合、自分がただ乗りしていることに気づいていないことが多いということです。

なので、いつどこで誰に嫌な思いをさせているかわからない。

しかも、コミュニティ内の負担/分担に関して、最初にきちっと説明してくれる人なんていない。



ただ乗りして疎まれるリスクも、ただ乗りを発見してイラッとするリスクも、足元に転がっているわけです。

10名程度のコミュニティに入りそうなときは、ぜひ気を付けてください。



私も、後輩たちが地雷を踏まないように、早めにフォローできるように頑張ろうと思ったので、発信してみました。

フランスのどこに行ってみたいですか?と聞かれたら何と答えますか?




旅行好きやフランス好きの人なら複数出ることでしょう。

パリのシャンゼリゼ通り?

ルーブル美術館とオルセー美術館?

モンサンミッシェル?

南仏?プロバンス地方?

ミシュラン星付きの本格フレンチ?




旅行好きでもないドイツ赴任者としては、どれもほとんどイメージが付かない代物だったもので・・・

飲兵衛としては、酒すなわちワインくらいしか思いつかなかったのです。






フランスワインの産地といえば、

シャトーマルゴーなど5大シャトーを擁し特に赤ワインで最も有名なボルドー

ボルドーと並び高級赤ワインと白ワインが有名、そしてあのロマネコンティがあるブルゴーニュ

更にはシャンパンで有名なシャンパーニュ

以上の3つが飛びぬけて有名ですよね。




一般に、日本で「本格フランスワイン」といえば60%以上がボルドーの赤ワインを指すものと思います。

が、私のワイン遍歴をスタートさせた漫画「神の雫」では第一の使徒がブルゴーニュ地方のものでしたし、同年代の友人は重い赤ワインが苦手な傾向もあり白ワインに傾倒した自分にとっては、本格白ワインで有名なのもブルゴーニュ。

ということで、私にとってのワインの聖地はブルゴーニュだったわけです。

何より、ボルドーはドイツから遠すぎるので・・・




行く前に勉強してわかっていたことは・・・

ボルドーワインの差別性が複数ブドウ種の調合(セパージュ)にあるとすれば、ブルゴーニュワインの差別性は単一種のブドウを使っているにもかかわらず味の多様性を生み出す畑(テロワール)にあるといえます。

簡単にいうとブルゴーニュの面白さは、白ならシャルドネ・赤ならピノノワールの単一ブドウだけでワインが作られるのに、味わい・価格が全然バラバラなことです。

価格だけを言うと、一番お安いブルゴーニュワインは1本1000円くらい。高いグレードになるにしたがって3000円、6000円、10000円、10万円以上 といった価格帯になっていきます。

10万円以上のものは、プレミアム大吟醸・焼酎と同じで、数量が極端に少ないものと考えていいと思います。

では、「それ以下のものは何なんだ?」ということです。日本酒のように精米度が違うから ではないようです。

主に畑によって大きくワインの価格が違います。畑の格付けが厳格になされているためです。



で、味に関してはというと、3000円以上するワインなんてそうそう飲めませんから、全くの無知で現地に行くこととなりました。







目的は何といっても試飲。

通常試飲というと、ワイナリーの無料試飲が一般的ですが、無料な分試飲できる範囲が狭かったり、なんとなく買わなきゃマズい気分にさせられたりするもの。

ですが、ここブルゴーニュでは有料の観光客用試飲蔵があるのです。

手広く飲めるし、買わなくてもいい。興味から始めるには最適の場所です。

ここでなんと赤7種 白5種 ロゼ1種 の試飲をしてしまいました(一人25€)。


一本10€のワインから始まり、109€のワインまで飲んだ感想ですが、1030€まではほとんど差がわからない ということ。

プルミエクリュと呼ばれる一級畑あたり(30€~)から、ブドウの濃縮感がぐっと異なること。

ぐっと濃縮されるから、個性が出てくると感じました。




さて、ここで終わらないのが開発技術者。



では、ブドウの畑における違いってそんなに大きいのか?という疑問が出てきます。

特級畑や一級畑と農道1本を隔てた通常の畑で、何が違うのか?

日当たり?土壌?標高?風当たり?醸造家(ちなみにブルゴーニュはブドウ耕作者と醸造家が異なることが多いので、この点は早々に却下)・・・・?

どれも答えになりそうになかったので、本を探してみました。


ワインづくりの思想 銘醸地神話を超えて (中公新書)/中央公論新社
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メルシャンの元技術者である著者の歴史および技術的な分析結果によると、ブドウの質の違いの主要因はどうやら畑の手入れの違いによるものと思われます。

この考え方は、多くのワイン本の解釈とは異なりますが、試飲した感覚と非常に整合性が取れます。

それほど高くないワインは、未熟で酸っぱくて水っぽい。

当然、完熟期は短いので、ブドウを低リスクで大量に収穫したければ、完熟よりかなり手前での収穫になります。

一方で、格付畑のブドウは高く売れますから、十分な手入れもされるし、完熟期を正確にとらえることもできるでしょう。




もし「全然違う」ワインを飲んでみたいと思われる方がいらっしゃいましたら、騙されたと思って、6000円以上の特級畑(グランクリュ)をお試しになられたら面白いかと思います。

間違っても有名な「地域」にお金を払ってはいけません。「畑」に払ってください。








参考までに、私が行った試飲蔵のお値段とラインナップは以下の通り。

Marche aux Vins (7 rue de l`Hotel-Dieu 21200 Beaune)

以下全部飲んで25€、グランクリュを飲まなければ15€、プルミエクリュも飲まなければ10€。。


ロゼ:Marsannay Rose 2011_10

赤:Bourgongne Pinot Noir 2012_13 

赤:Marsannay 2008_16

赤:Savigny-les-Beaune 2001_22

赤:Beaune 1er Cru 2006_25

赤:Pommard 1er Cru Clos des Epenots 2007_47

赤:Gevery-Chambertin 1er Cru 2011_75

赤:Clos de Vougeot (Grand Cru) 2011_99

白:Bourgogne Chardonnay 2011_15

白:Savigny 2011_22

白:Meursault 1er Cru 2007_39

白:Puligny-Montrachet 2011 Hospice de Dijon_39

白:Corton-Charlemagne (Grand Cru) 2011_109


最後まで読み進んでいただいたワイン好きな人には、ぜひ、上記の本「ワインづくりの・・・」は読んでいただきたいです。

非常にわかりにくいワインの世界を技術的視点から考察し簡潔に整理した良書だと思います。

流行に乗ってみたのに、自分にはフィットしなかったこと、ありませんか?



私は学生のころ(もう10年も前ですが)に当時流行っていたセルフレームのメガネを買ってみたのですが…全然ダメでした。

当時の悪友が「セルフレームが合コンで受けた」というのに釣られたわけです。青かったなぁ。




最近、コンタクトレンズが面倒になってきたので再検討したのですが、実はメガネって難しいですね。

フレームだけでも、素材、形、色、大きさ といろいろです。



そんな時に読んだのが下の本。題名はズバリ「40歳からのモテる技術」。




40歳からのモテる技術/阪急コミュニケーションズ
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題名を見たときは「いやいや、必要ないから~」とか思ったのですが、パラパラ見てみると結構面白くて。

髪型・服装・メガネ・美容・清潔から始まり、SNSでたくさんの返事をもらう方法から石田純一のデート術まで、実際に試行錯誤しながら得られたノウハウ(!)が詰まっています。




中でも私に響いたのが“「ありのままでいい」という心理の壁”という項。

引用すると・・・

外見を変えることに対して、結構多くの中年男性が「何も、そこまでして」と腰が引けてしまうのです。「男は中身で勝負だよ」という人もいます。自らの「こだわりは曲げられない」という人もいます。

しかし、そういう人たちも

 就職活動の時、リクルートスーツを着ていましたよね?




そうなんですよね。

自分が望むかどうかにかかわらず、常に「選ばれる」「見定められている」という認識を持てるかって大事だと思います。

見た目だけでなく、仕事もプライベートも、「相手」が評価しているんですよね。

でも「相手」が見えてなくて、評価されないこと、結構多い気がします。

なぜ見えなくなってしまうのでしょうか?

私の場合は・・・

「相手」が考えていることを完全に推定するのが難しいから、自分なりに真剣に考える。

すると、自分の考えが捨てられなくなってしまうし、途中から「相手」のことを忘れてしまう。

こんなパターンが多かったかもしれないと気づいたわけです。




メガネに戻ると・・・

私は今まで、素材とか重さとかレンズの厚さとか、自分なりに真剣に悩んだけれど、実は自分の快適さと自己満足(いい素材を選べた自分の判断に満足)を追及していただけのようです。

でも、この本によると、“顔が濃い人“は黒縁よりもシルバーメタルや縁なしが良いとのこと。

また、大きさも顔の大きさを加味して選ぶべきとのこと。

ここで気付きました。私が今まで「色」と「顔の幅」を気にしていなかったことに。

ただでさえ濃いまゆ毛と濃い目元に、ゴッツイ黒のフレーム・・・なんて暴力的だったんだろう。

横長のレンズが格好いいからって、横幅が顔からはみ出すメガネ・・・目が異常に寄っているように見えるから違和感があったのですね。。






これからしばらく、メガネ屋さんのウィンドーショッピングが楽しみです。

偉い人のありがたい話や、先輩のアドバイスを聞いて、その場はなるほどと思っても自分の行動につながらなかった経験、ないでしょうか?










私の会社のイントラネットでは、社長や副社長が交代でメッセージを発信しています。

また、毎月、部内の管理職が交代でメルマガ的なメッセージ発信もしています。



偶々私の上司が当番だったとき、結構悩みながら日頃思っていることを綴っていることを知りました。

結構プレッシャーがきついみたいですね。。

そんな気合の入ったメッセージに対して、社員の反応はというと・・・

「記事を読みましたよ」というのはチラホラあるものの、行動まで変わった というケースはほとんどないようです。






日常生活・日常業務の中で頂く「こうした方がいいんじゃない?」という提案・コメント自体が私をハッとさせること、確かに多いです。

その提案の理屈も切り口・視点も、正しくてリーズナブルだと理解できます。

でも、なぜか、納得するだけでは人って動かないんですよね。

動かない理由は、結構別のところにあったりするみたいです。










私が最近すごい と思っている長倉顕太さん。

この人は元天才編集者で主にビジネス書の編集者をなさっていた方のようです。

彼は、たくさんのビジネス書の大ヒットを飛ばしますが、出版社を退社します。

曰く、ビジネス書を読んでも行動に移せていない人が多いから。

現在は自身が本を書いたり、セミナーをしたりされているようですが・・・

彼の著書は、なんというか本当にすごいです。

徹夜で仕事をしている最中に冷水をぶっかけられた感じでした。

乱暴な単語を使いながらも、私の行動を常に監視しているのではないかと思うくらい真理をついていました。

目線が、他のビジネス書やメルマガやイントラネットの内容と全然違うんです。

その他大勢が「私(著者)の得難い経験」を中心に発信しているのに対し、彼は「あなた(読者)が気付いていない落とし穴」を警告し助言します。

どちらも、自分の中にはない貴重な情報なので、外からもらうしかない・対価を支払って購入するに値する情報なのですが、読者の私としては、後者の方がコストパフォーマンスが高いように感じます。









幾つかの外部研修で指摘されていましたが、コミュニケーションの目的は、突き詰めると相手に行動してもらうことです。

読者に「へー、すごいじゃん」と言ってもらいたいのか、それとも読者の日常行動を変えたいのか どちらも相手の行動を促しています。

本心では「へー、すごいじゃん」を優先しているのに、行動が変わらないことを悔やむのは、ちょっと欲張りかもしれませんよね。。






相手の日常に変化をもたらしたいなら、日頃相手を観察して、相手の気持ちを推察するのが大事だと思います。

もちろん推察にすぎませんから、外すこともありますよね。

外すと、最悪の場合、「勘違い」とか「イタイ」とか言われてしまいますが、そうならないような言い方などでヘッジすればいいだけです。

今一歩、「こちら側(自分の都合・自分の世界)」から「あちら側(相手の世界・相手の行動パターン)」に踏み込むこと、今のご時世だとウザいとか暑苦しいとか言われそうですが、試す価値があるかもしれないと思ったので、発信してみました。

今までで最低な仕事は何ですか?






つい最近、最低な仕事に巡り合いました。

10年近く働いて、間違いなく最低の仕事と断言できます。

それは・・・


強いプレッシャーをかけられて最速で取り組んだ仕事なのにも関わらず、完了直前で要請元が突然キャンセルしてきたことです。

コンペが行われるような業界ではよくあることなのかもしれませんが、コンペ前提なしでやられると結構つらいです。






私の部署では業務の特性上、課題完了に数か月の時間がかかります。

また、お決まりのパターンとして、定められた要求品質を当初の想定スペックで達成できないことがままあります。

つまり得られるベネフィットは当初見込みの範囲内な一方、最終確定コストは当初の予定を上回るわけです。

難しい課題であればあるほど、スペックの変更/改善により、時間とお金が飛んでいきます。

そうこうして時間が経つ間にコストが惜しくなったり代替案が出てきたりするのでしょう、突然中止の連絡が来るわけです。しかもメール一本という非情な形で。

実はこの案件は、自分がどっぷり関わっていたのではなく、同僚をヘルプする形での参画でした。

この同僚はなぜか、今回が初ではなく、結構多いんです、こういうケース。

中止の連絡が来るたびに、コーヒーコーナーに行って、愚痴を言って、これまでの成果を放り投げて、以降の依頼案件に対して投げやりになっていくわけです。


これが続けば、完全に負のスパイラルです。




が。

待てよ、と。





私の日本時代の師匠達(主に、一つの部署で技術を磨き上げた職人肌の大先輩方)は、同じように長期間を要するプロジェクトをこなし、多くの中断もありながら、自身を鼓舞するだけでなく後輩を盛り上げていたわけです。



何が違うのか ということです。




まず、師匠達は要求品質の見極め精度が非常に高いです。なので、「お替わり」の頻度が少ないです。

次に、師匠達は想定よりも高いアウトプットを出すことがままあります。当初予定に組み込まれていない試験をこっそりやります。通常プロセスの範囲外で、手軽にできる方法をササッと試しているのです。これにより納期短縮や想定以上に高品質なアウトプットが達成されることがあるようです。


さらに、師匠達は中止や失敗を必ず分析したうえで記録しています。ただ「そういうことがあった」と記憶するだけではなく、学びに変えているのです。なので、将来似たような依頼が来たときに「何をやらないか」「何は引き受けられないか」を事前にはっきり伝えています。








どれも大事なポイントだとは思うのですが、個人的には、最後の点が一番大事だと思っています。

失敗を活かすという考えがあるから、私をはじめとした後輩社員が中止/失敗に直面したときに「お前は、何ができないかを明らかにした。立派な成果だ。」と言えるわけです。

実際師匠達のその言葉に何度も救われました。




サラリーマンをやっている以上、お金につながらないと評価されにくい訳ですが、かといって、努力が無駄だったとは思いたくないのが人情です。

個人としての能力に差がなくとも、失敗を評価する/活かす文化で育った場合とそうでない場合では、モチベーション維持の程度に大きな差が出るのではないでしょうか?




成果主義が浸透している昨今ですが…
失敗を評価する/活かすという、一見、成果主義とは真逆の文化こそが、中長期のモチベーション管理に有効なのかもしれません。