大竹先生、お話の趣旨が・・・? | 風のかたちⅡ

大竹先生、お話の趣旨が・・・?

「法学セミナー」6月号の座談会「労働の未来を語る」(大内伸哉・労働法、大杉謙一・会社法、大竹文雄・労働経済学、柳川範之・法と経済学)


「歴史的な経済変動のなか、労働保護規制の強化が主張されるようになっている。これは同時に、企業の負担を増す方向へと、雇用をめぐるルールの変更が求められていることを示す。」という問題意識に、大竹、柳川両先生だし・・・と。


柳川先生は、労務屋さん評「労働研究者ではない経済学者によくみられる論調」に尽きる。すっごい優秀な先生と百も承知の上<まっ、ご勝手に>と。問題は、影響力抜群なだけに、大竹先生だろう。例によって「経済学的思考のセンス」満載ながら、ワン公には、ン?と引っかかるところも一つ二つ。


目新しいと思ったのは、有期雇用契約の反復更新に解雇権濫用法理を類推適用することで企業・労働者双方の訓練インセンティブを阻害としているとしているところ。有期契約はいつでもうち切り可能--期間満了なのか期間途中かは発言からは分からない--ならば、労働者・企業ともに訓練インセンティブが働くようになるという発想だ。

 

大竹 有期雇用契約の反復更新で雇用保障が強まる判例法理があります。それがあると企業側は有期契約

  の反復更新をせずに、たとえば1期2年半で雇用契約をうち切る・・・そうすると企業は非正規労働者を訓練

  するインセンティブを一切もちません。労働者にとっても2年半で雇用契約がうち切られることが分かって

  ますから、その企業のための訓練を受けるインセンティブはない。・・・派遣も同じです。派遣の雇用契約期

  間の上限(派遣期間の上限のこと?)を厳しくするほどに、同じ現象が起こってきます。

大内 有期契約は何度反復更新されても、いつでもうち切れるようにしたほうがよいというお考え・・・。

大竹 むしろそうして、労働に応じた賃金の支払いがなされるような競争的条件の整備をしておけば、訓練の

  インセンティブを殺ぐことはなかった。

大杉 「労働に応じた賃金」は、徐々に上がっていくイメージですか。

大竹 わかりません。訓練に応じて生産性がいつまでもあがるタイプの職場でなければ、途中で止まってもよ

  いでしょう。少なくとも訓練をして生産性が上がったら賃金を上げざるを得ないような環境を整備する必要が

  ある。

大内 そういう賃金制度は実現できますか。

大竹 私は、正社員にも期限付きの形態を増やしていくことで、同じようなことが実現可能だと思います。 


有期雇用契約とひとくくりに仰るけど、直用なら、究極有期の「日雇い」、所謂「パート・アルバイト」所謂「契約社員」「嘱託社員」・「期間工」、最長5年契約可能な「専門的知識等」の者(労基法14条1項)まで幅がある。


間接雇用の派遣も登録型は有期雇用契約だが派遣の雇用契約期間の上限(派遣期間の上限のこと?)を厳しくするほどに、同じ現象が起こってきます。」論外。例えばJILPTの小野研究員のDPがまとめた先行研究や、派遣元ヒアリングは、派遣期間の上限がある製造業派遣だけでなく、上限のない26業務についても雇う側又は使用者側に訓練インセンティブが働かない事情が読みとれる。何を根拠にいっているのか分からない。 http://www.jil.go.jp/institute/discussion/2009/09-03.htm


訓練インセンティブや雇い止めとの関わりで「専門的知識等」の者、「日雇い」を除外しても、残る有期契約の類型毎に、雇い止め規制がなければ訓練インセンティブが高まるとまでいえるのか。雇用の実情からそんな因果関係は見いだしづらいのではないか。


雇う側には、労働者類型別に事情・心配りに違いがある。きれいな言葉で言えば雇用ポートフォリオとか雇用の量的管理だが、この辺の理論的整理--いわゆる人的資源の企業業特殊性--、それから実証は少なくない。ずっぱりとリアリティを感ずる図式を示せば、平野先生@神戸のこれ。大阪府事業所調査・事業所長が回答の結果からプロットしたものだ。


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人的資源特殊性=企業固有のノウハウ、組織都合への拘束性等、業務不確実性=マルチタスク、他部署との調整等の2軸上では、雇う側は、特にパート、派遣に対しては、企業固有のノウハウ、業務の幅広い経験の必要性が低い仕事=もともと訓練インセンティブが乏しい種類の仕事を委ねる。請負社員は、契約の性質上から使用者側に訓練も含めた労務管理全般の責任はない(安全衛生関連の指揮命令を除く)。契約社員だけが、正規と非正規の中間形(ハイブリッド)として他の非正規とは質的な違いを感じさせ、訓練インセンティブも他と同一に議論できないのではないか。


雇う側の訓練インセンティブは、雇い止め規制との関係ではなく、企業組織内の仕事・責任の分化との関係でとらえるのが自然ではないか。また、雇う側の訓練インセンティブが雇い止め規制を緩和して高まるという実証も寡聞にして聞かない。座談会でも、上に引用した箇所とは別のところで、大杉先生@中央大・会社法が次のように指摘したのに、大竹先生はノーアンサーだったようにみえる。


大杉 雇い止めや解雇を容易にすることで雇い入れが円滑になる効果はあるように思います(が)・・・雇用しや

 すくすることで本当にその人達に技能が付くのか、という疑問も感じます。失われた10年で若い人たちが非

 正規に追いやられた結果、技能集積の場から遠ざけられてしまったという結果はある。しかし法制度を変えて

 エントリーしやすくなると、非正規社員にも技能蓄積のチャンスが従来より増えるという因果関係は本当にあ

 るのか。この点、どう考えればよいのでしょうか。


大竹先生の話には、「反復更新自由・雇い止め自由」のほかに「生産性に応じた賃金」「有期契約正社員」まで出てくる。日経新聞への派遣切りに関する寄稿をみるかぎり、非正規の雇用の安定、能力・処遇向上といった視線もあり、そうしたことを可能にする雇用社会のイメージもお持ちなのかも。そして、そのイメージは、玄田先生の言う『非正規の人材化・正規の仕事化』、hamachan先生の言う『非正規のメンバー化、正規のジョブ化』とも通底しているのかも、と感じたりもするのだが、まず解雇等の規制緩和と結びつけて考えようとする「思考のセンス」だけは何とかならないのかと思う


オイラ的には、労務屋さんのいう「正社員の中間的形態」--地域限定とか事業限定とかだ。ただし、単なる雇用契約期間の上限の緩和・10年化等が先行する議論には疑問あり--は検討に値すると思う。ハイブリッド型に位置づけられるような雇用形態からの移行は現実感があるし、実際の事例もあるはず。また、非正規の企業内での働き方に照らせば、均衡又は均等処遇というものを考える方が先だろう。雇い止め規制云々は、それらとの絡みで必要ならば取り上げるものという感覚だ。というのは、


平野先生のもう一つのプロット-働く側のデータからのプロットをみれば、雇う側がイメージする以上に、企業特殊熟練の方向によっていて、働く側には企業特殊化への意欲が感じ取れるからだ。また、こういう意欲は、現行の有期契約に関する法規制--雇い止めについての判例法理や契約法17条や大臣告示357号等--がプラスの方向で作用している可能性もあるのかもしれないとさえ思う。

 平野先生曰く

 「非正規労働者は、事業所が求めている以上に企業特殊技能の取得に意欲的である。」

 「企業は、高い意欲を持つ非正規労働者を十分に活用していない・・・ことを示唆し、意欲に報いる均等処遇

 を施せば生産性を向上させる可能性を示している」

 詳しくは、「あつはなつい・・・蔦の絡まるチャペルのある大学」

  http://ameblo.jp/hidamari2679/entry-10123626108.html


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雇う側がこういう働く側の意欲にたいして相対的に冷淡である理由のなかに、仮に法規制の存在があるのだとしたら、つまり、経営者が、非正規の皆さんが意欲的でも、契約期間が過ぎれば終わりの関係なのだからと考え、実際にもそうしているのなら、その限りで規制の是非を議論したらよい。初めに規制緩和ありきではない。実際のところ、日本には反復更新自体についてEU的な法規制はないし、均等処遇原則もない。企業は、そういう規制の緩さを享受する方向で非正規を雇用している。大竹先生のいうような、有期契約の上限期間内でやとって更新さえしない過剰コンプライアンス企業「企業側は有期契約の反復更新をせずに、たとえば1期2年半で雇用契約をうち切る」って、ほんとうにあるのかぁ??と思う。