親子だからといって、
兄弟だからといって、
相性がいいとは限らない。
仲がいいとは限らない。
年齢も、性別も違ったりすれば、
考え方が違うの、受け取り方が違うのは当たり前。
人に自分の価値観を押し付けず、
お互いが丁度よい距離を保てばいい。
お互いをコントロールしようとしなければいい。
心の距離を取るのが難しいなら、
物理的に距離を取ればいい。
そのために、
金銭的なことなど負担しなければいけないこともあったりするだろう。
でも、どちらを取るか?
精神的な快適性を取るか?
経済的な快適性を取るか?
は、自分で決められる。
離れたら離れたで、
別のコミュニケーションの形が必要になったりする。
それも、お互いの丁度良いところで折り合いをつければいい。
一方的に取り込まれそうになったら、
逃げてもいい。
一旦離れて、
自分の心の中を見つめ直し、
自分を良い状態で確立できれば、
関係性が一気にひっくり返ることもある。
焦らず、気負わず、
自分の心地いいを探す。見つける。
子どもは所有物ではない。
一人の、人格を持った存在。
そこに敬意を払って接することができなければ、
その人は、親とは呼べない存在である。
人とも呼べないかもしれない。
何事も、言うことを聞くことが愛ではない。
愛情は時にエゴになる。
まず、自分が自分を愛して大事にする。
そこから色んな視野が広がっていく。
順番を間違えると、
何事も成立しなくなったりするので、
気を付けておきたいところ。