在宅医療の先生やケアマネージャー、介護ベッドとかあちこち探して理由言って自分で探して手配するのかと思っていたらまるでシンデレラの魔法使いが杖を振ったかのように現実になってました。
夜には上海の弟と電話で話しました。
wechatを使って頻繁にやり取りしていましたが、文字だけだともどかしいし、文字になると母の最近の様子を知らない弟にはインパクトが強すぎだったと思います。
昨日一日の話から木曜日の主治医の話。
いま母の身体に起きていること。
母の第一報を伝えた時「来年1月にタイに長期出張予定だったけれどキャンセルして年内に一度日本に帰る」と言ってました。
その時は12月を予定していたそうです。
いま上海からの直行便は少なくてそれで混んでいて予約も取れないそうです。
フランス経由になると時間も費用も何倍にもなるそう。
弟から「来月帰る。成田からすぐには行けないかも知れないけれどチケットは取ったから。帰りのチケットは買ってない。」
弟はフランス系の企業に勤めています。
コロナがあってずっと帰国できずにいました。
昨年の8月の父の一周忌に合わせて帰ってきて以来です。
会社の人に母の話をしたら(フランス人)泣き出して「早く帰れ。なにをおいても帰れ。仕事はリモートでやれば良いじゃないか。家族以上に大切なものがあるのか?ないだろう?家族あっての仕事だろう。お母さんのそばにいてやれ。」
さすがフランス人。
ママが大事。
世界で一番ママが大事。
家族以上に大切なもの。
家族あっての仕事。
日本人にはできないことかも。
私にも。
弟は来月帰国し年明けぐらいまで実家と自宅を行き来してリモートで仕事をするそうです。
ほぼ実家にいると言っていました。
母に寄り添うための帰国ですから。
私も母が退院してからはずっと実家で過ごすつもりです。
ちょっと一人で心細いな…そう思っていたのですが弟が夜間にいてくれると思うと心強いです。
何より母が嬉しいでしょう。
家族3人が揃って楽しい時間を過ごせる。
私も安心して毎晩酒盛りができる。
何もかもが母の願い通りになっています。
余命宣告を最短で受けるほどの病気は決して喜ばしい事ではありません。
子供であればいくつになっても親には生きていて欲しいと願います。
それでも「寿命」はあります。
誰にだって寿命はあり今世の役を終えたら肉体から出ます。
動物にとってはごく自然な事です。
父とは真逆の最期を選んだ母と私。
人生最高の学びを体験できます。
コロナが無かったらできなかった事かもしれません。
コロナが起きたから「どこでも仕事ができる」事を学びました。
入院しても面会もできずに寂しい思いをさせる治療をやめました。
それでも母の余命がもっと長ければ、しばし我慢してもらって最低限でも治療をお願いしたかもしれません。
最悪のシナリオでしたが今のところは最高のシナリオに書き替えられています。
最悪と思えば最悪にしかならないし最高と思えば最高になります。
自分の人生をどう生きるのか。
もし「いま」自分の人生のリミットがわかったら。
何をしたいのか。
弟は「母」を最優先としました。
尊敬します。
母の引き寄せです。
神様に呼ばれる…とありますがそんな感じでした。
白幡天神社。
陽だまりのしっぽ 美香