「ん?」


桜が目を留めたのは会員のトップページに出ている直近の利用履歴だった。


3月11日 @☆レストラン
3月11日 ○■△ホテル



「んん?」

私は行っていない。使っていない。
¨¨¨


よくよく見ると旦那のカードで切っていた。

旦那はクレジットカードを一枚しか持っていない。


私のクレジットカードの家族カードを-。



3月11日はあの震災が合った日で旦那は真っ直ぐ家に帰ってきている。





3月10日は?


血の気が引いた。

その日旦那は会社の人と飲みに行くと言っていた。

そして翌午前中まで帰って来なかった。






急いで携帯電話のメールを見返す。


3月10日の夜に
「今日は遅くなりそうだから先に寝てて。」


3月11日午前9時半に
「ごめん、会社の近くで朝まで飲んでてその後会社でダラダラしてた。今から一回シャワー浴びに帰る」





帰ってきたのはそれから2時間近く後だった。

会社から家までは1時間もかからない。

メールから2時間近くたつのでこのまま仕事をして帰ってこないのかなと思ったのを覚えている。

帰ってきたときもすぐにベッドへ潜り込み30分程休んで支度をし、すぐに出勤した。




出勤直後に地震があったのでこれもまたよく覚えている。



「会社は?」

「半休取った。」

「そう」



旦那とは中学校の同級生で、高校生の時も何度か付き合い、

今回は、結婚生活も入れると約8年間一緒にいる。

その内、同棲期間は約7年。知り合ってもう17年になる。




信じていたし、まだ黒と決まったわけではない。

会社の飲み会で連絡もなしに帰って来ないのは度々あったことだ。

帰ってきてから「どこかで酔いつぶれて寝てるかと心配するから連絡くらいよこしてよ。」と

何度怒ったことか。




会社の人とレストランで食事をし、酔っ払って一人でホテルに泊まったのかもしれない。



念の為すぐにレストランとホテルの場所を調べる。

インターネットは便利だ。本当に。




どちらも下北沢-。

家から三駅。


酔っ払ったならタクシーで深夜料金でも2000円もあれば帰ってこられる。

第一、会社の近くに朝までいたというメールの説明がつかない。




すぐにホテルに電話してみた。

クレジットカードの決済では10000円を切ってある。



「スイマセン、お尋ねしたいんですが10000円位のお部屋ってダブルですか。ツインですか」

「当店は全室ダブルベットです」


お店の口コミをざっと読む。

全室ダブルベット、休憩、フリータイムあり・・・



浮気だ。直感が働く。



会社の飲み会は本当。その後に、会社の誰かと二人で下北沢で軽く飲みホテルへ-。

そして相手の女性は小田急線のどこかの駅に住んでいる。



会社の飲み会明け半休を取るなんて情けない。と体育会系の私は

思ってしまうのだが、それがまさか浮気をして半休だなんて。



本当に情けない。



いやいや。

そういう問題以前に、浮気って。



義父も相当浮気をしてきたと義母に聞いていた。

旦那本人も、父の不倫相手に命を狙われていた事があるらしい。

義母の苦労を小さいころから見てきて、超絶マザコンの旦那は浮気だけはしないだろう。


そう勝手に思っていた。

私が旦那の立場ならそう思うからだ。

自分の母親を苦しめた「不倫」というものを自分はやらない。



一先ず、旦那の様子を見ることにしよう。


限りなく黒に近いグレーだと思うけれども。





丁寧に煎れた煎茶はもうすっかり冷めてしまった。
震災後の節電の影響でその日もいつもより早い時間に主人は支度を終えた。 


電車での出勤に相当時間がかかるらしい。


今週は毎日いつもよりも早い時間に家を出て、大体午後六時くらいには帰ってくる。


まだ日も明るいうちに旦那が帰ってくるなんて、同棲期間も含めて皆無だったので


私はいつもよりも気合を入れて夕ご飯の支度をしている。


旦那と一緒にワイン片手にゆっくり時間をかけて夕飯をとるのが最近の夜の過ごし方だ。





1月末で退職した私は今は失業保険をもらいつつの専業主婦だ。


単純計算、二ヶ月は専業主婦をしている。


といっても、妊娠しているわけでもないしも働く気もある。


ただ、前職があまりにも多忙だったため少しばかりゆっくりする時間が欲しかった。


何せ、あまりにも家にいる時間が短すぎて家事がほとんど出来なかった。



会社に対する不満や、女子校的な人間関係のシガラミにうんざりしていた。


それもあったが何よりも家事がおろそか=旦那に悪い


という事が一番のストレスだった。


コンビニや出来合いのお惣菜が嫌いな旦那の為に、


なるべく暖かい手作りのご飯を用意してあげたい。


でも、一日12時間を超える労働に通勤で前後1時間。



なかなかそれが出来ない。



プラス、月金サラリーマンの旦那とサービス業の私では休みの日も合わなかった。


私もそれは覚悟して入社を決めたし、旦那も初めは



「集中して一人で勉強する時間が確保出来るからいいよ。」なんて言っていた。



やりたい仕事をさせて貰っていて何の不満が?と思う人もいるかも知れない。


でもやっぱり、休みも合わず、夜もお互い仕事に追われる日々を私は寂しいと感じていた。



白髪が一気に増えたのも、この頃だ。



旦那をいつもの「いってらっしゃいチュー」で見送ると


朝淹れたケベックスのコーヒーメーカーと結婚のお祝いで頂いたお揃いのマグカップを


洗い、洗濯機を回してる間に、クイックルワイパーで軽く床の掃除をする。




家事を一通り終えると、お気に入りの野田ホウロウのやかんでお湯を沸かし煎茶を煎れた。



これから暫くは自分の時間。



今日は何をしよう。



そうだ、クレジットカードのポイントをそろそろマイルに交換しよう。



何の気なしにクレジットカードのホームページにログインした。


今夜は青い夜だ。



深い深い青が雲ひとつなく頭上に広がっている。




桜はこんな夜の色が好きだった。

群青とも、紺色とも言えない静かな青。

全てを優しく包んでくれる青。

明日につながる青ー。




ベランダから見える少し欠けた月は、「闇は闇」、「月は月(私は私)」とでも分けるように                          
はっきりとした輪郭で輝いている。



「旦那と私みたい」



さして広くもないベランダへ続く窓のヘリに座りこみUはタバコに火をつけた。



八年間止めていたタバコも四ヶ月前から再び吸い始めた。

「生まれた子供が女の子でアトピーだったら、子供が男の子で喘息だったら。喫煙が原因では

ないかもしれないが、悔やむかもしれない。一緒に止めよう。」

そう言われて止めた。

まぁ、言った本人は三ヶ月そこらで再びタバコを吸い始めていたが。

考えてみると昔から嘘つき、というより自分の言った事から逃げるタイプだった。



子供がいたら違ったのだろうか。

こんな結末にならなかったのか。

それとももっともっと心身ともに疲れ果てて、子供を抱えた今後の生活に絶望していたのだろうか。




わからない。
わからない。。






明日は公正役場に行って公正証書を作成し、離婚届を旦那に渡す。



終わりなのか、始まりなのか。

どちらが闇でどちらが月なのか-。




「旦那は今何を考えているのかな。」




同じ青の下、どこかにあの人はいる。



独り言は紫煙と共に青い夜にとけた。