どうして。





どうして私を選んでくれないの。





どうして気の迷いだったと言って、すぐに相手の女性に別れの電話をしてくれないの。







椅子に一人取り残された桜はぼんやりとそう考えていた。




仲のよい夫婦だと周囲にもよく言われていた。


桜自身もそう思っていた。


隠し事はないなんて断言は出来ないが


風通しのよい家庭を気づきたくて、極力なんでも話してきた。


くだらない日常の出来事、仕事の事、将来の事ー。




私はそうしてきた。




私はー。




私だけ?








ふいにどうしてこんなに相手をかばうのかが気になった。



会社の人の友達だから?


その会社の人に迷惑をかけたくない?










本当は会社の人だから・・・?




背中にびりっと電気が走る。



体よ、動け。




寝椅子に横たわる旦那にそろそろと近づき、尋ねた。




「本当は会社の人なんじゃなくて?」




沈黙が続く。





「ねぇ?」


「違うよ。会社の人の友達。」




寝椅子の上に横たわる寝袋に包まれて、旦那は蓑虫のようだ。


まるで、外界から身を守る蓑を被った蓑虫のようー。




「本当なの?」




もう返事はない。


外界からの全てを拒否するかのように、硬く堅く閉ざされてしまった。










10日程インターネットって何?の世界へ行ってきます。


ゆっくりしてきます。

続きをお楽しみに!


なんて切り出そうか、ここ一週間考えていた。





それこそ、11日は一人で泊まったんだ。

なんて言われたらそこで話は終わる。



昨日も、電話の後大学の友達と飲んでた。

楽しくって連絡出来なかった。

なんて言われればそこで話は終わってしまう。



今後ずっと疑ったまま、過ごさなくてはならない。





以前、友人の旦那さんが浮気した時にその友人が言っていた。




「はじめの浮気が肝心よ。びしっと閉めないと。

浮気しても大丈夫なんて思われたら最悪よ。」



はい、先生。びしっとがんばります。




「今後どうしようと考えているの?」



どちらとも取れる質問をした。




暫く沈黙が続く。



大きく唾を飲み込み旦那が口を開いた。






「桜と別れる気はない。」





「それはどういうこと?」





罠に掛かってしまった!という苦い顔を旦那はした。




そう、掛かった-。




暫く沈黙が続く。



この将棋、どう詰めていこうか。





「いつから?」




「体の関係は今年に入ってから・・・」




「どこで出会った人?」
「3月10日はどこにいたの?」
「昨日は?」
「本当の事を話して」






年末に会社の人とその友達数人で飲んで、そこで仲良くなった、

今年になって相談があると言われて次第に二人で飲みに行くようになり

酔った競いで体の関係を持ってしまった


との事だった。



ポツリポツリとうつむきながら話す旦那の背中は

小さく小さく丸まっている。



「私と別れる気がないなら今すぐ電話して別れて」

「それは出来ない」

「どうして?」

「相手に悪いから」

「それはどういうこと?」

「そんなの人として出来ない。ちゃんと自分で会って別れてくるよ」





浮気をした人間が「そんなの人として出来ない」なんてよく言えたもんだ。





「無理、私と別れたくないんなら今すぐ私の目の前で電話して。」




しかし旦那は出来ないの一点張りだ。



「それは私の気持ちより、相手の気持ちを取るって事だよ。
そんなんじゃ、私無理です。許せません。」




再三の要求にも旦那は首を立てに振らない。


浮気の相手を傷つけようとか、そういった気持ちはなかった。

ただ、ただ、私を一番に選んで欲しい。

そんな気持ちで要求した。



浮気と言っても、きっと酔った勢いでのことだろう。

きっと平謝りして、私を選んでくれると桜はそう思っていた。



心がざわざわと波立つ。



「私と別れたいって事?どっちか選んでよ!」



叫びたい気持ちを必死で抑えて

努めて冷静に、淡々とした口調で続けた。






「それは相手に愛情があるって事?」





暫くの沈黙の後、旦那は小さく、小さく頷いた。




「だから、無下にできない。でも桜とは別れない」




お気に入りに椅子に深く座りながら桜は部屋の天井を仰いだ。


涙なんて見せたくない。



でもこの十数日間の押さえていた感情が目端からこぼれる。




止めどなく。次から次へと。





椅子から立ち上がった旦那は今日はもう遅いから寝ようといって


ベッドではなく寝椅子へと向かった。




止まらない感情の渦に桜は一人残された。







ぽつんとひとりぼっちで。