卵を掴んだような形で手を鍵盤に置き、指を上に上げてから、鍵盤に向かって下ろして弾く。
私が小さい頃はみんなそうして弾いていたし、今でもこういう弾き方はよく見る。

でもよく考えてみると、指を上に上げて振り下ろしたところでたいした音量は出ないし、響きの種類も少ない。
出た響きに対して、指を上に持ち上げるエネルギーの方が上回ってしまう。
エネルギーがなるべく多く響きに反映されるように、無駄な動きは少ない方が良い。

手の内側の筋肉を使って弾くようになると、指を持ち上げる必要がなくなり、1の指から5の指へ一音一音体重移動させるだけで鳴らす事が出来るようになる。
最初は誰しも手の内側に音を鳴らせるだけの筋肉がないので、なんとなく心もとないソフトな音しか出ない。
バレエで言うならルルベ(背伸びするようにかかとを持ち上げて立つ)で練習を重ね、筋肉がついてきたらトーシューズを履くようなもの。
手の内側に筋肉がついてくると、一見外側からは見えない手のひらの筋肉の動きにより、様々な響きが紡ぎ出せるようになる。

水泳選手が水飛沫をあげずになめらかに水を掻くように、ピアノを弾く時にも出来るだけ衝撃を少なくし、なめらかに体重を移動させる。
エネルギーが無駄な動きに使われる事なく、その全てが響きに注がれるほど、響き自体にエネルギーが宿るように思う。
私の好きなピアニストの響きは、例えば生き生きとした躍動感溢れる響きだけでなく、慰めや哀しみや穏やかな響きであっても、その一音一音にエネルギーが宿っている。

無駄な動きをなくす事。
それは瑞々しい響きを手に入れる事に繋がっていく。