"プレトニョフはこういう感じ"、なんてもうわかったつもりになっていて、ちょっとやそっとのピアニシモでは驚かないはずだった。
しかし今回のプレトニョフは更に進化していた。
(わかったつもりになってごめんなさい)
前回の彼のピアニシモを1pとすると(それでも普通の人のpの5倍ぐらい)、今回はpppppppppp=10p!!
嘘じゃないんです
本当に、聴いたことのない細く繊細なピアニシモ。
これを読んでいる方が想像している何倍も小さいピアニシモが会場の天井に昇っていく。
プレトニョフのフォルテは、どんなに強くてもメゾフォルテぐらいまで。
弱音の幅で音楽を作り上げている。
p〜10pまでのピアニシモは線が細いのに水分を含んでいるようだったり、筆で描くように筆圧や表情があったり、丸かったり、輝いていたり…弱さの幅だけでなく響きの種類が豊富。
ピアニシモだからといって小さく纏まっているのではなく、ものすごく深く広く高く豊か。
音楽に寄り添い、追求していった結果、強さで圧倒するのではなくピアニシモでの繊細な表現に辿り着いたのだろうと思う。
客席は私が今まで行ったコンサートで過去最高に静かだった。
誰もいない暗い会場でプレトニョフが一人でピアノに向かっているかのように、客席も気配を消していた。
そんな静寂の中、プレトニョフが誠実に音楽に向かい、音楽の中へ入り込んでいく。
プログラムはこちら。
角のないベートーヴェン。
『悲愴』
一般的に演奏されるような熱さや力強さはない。
丸く耳に優しい音。
私が子どもの頃に習ったベートーヴェンとは違う。
第3楽章では「天国の音」だと思う響きが。
天国の音って何?と思うけれど、そう感じた。
ベートーヴェンの心の奥深くにプレトニョフが連れて行ってくれたように思えた。
『月光 』
静寂。
静かだけれどたっぷりとした深い低音、ほんの僅かに揺れ動く水面、その上を旋律が揺蕩うように浮かぶ。
暗闇の中で目を凝らしてその景色を見ていると、いつの間にか吸い込まれていた。
ベートーヴェンらしくない、と思う方もいるかもしれないけれど、私はプレトニョフのベートーヴェンが好きだった。
2曲とも、プレトニョフによって音楽の中に連れて行かれ、身を浸しつつ、音楽の中の達観した境地を享受する、そんな体験だった。
グリーグは、宝石のような音が沢山。
澄んだ空気、鳥の囀り、波や渦など小川のお喋り、風に揺れる葉の上をキラキラと転がる光。
自然にはこんなにも宝物があるよね、と、ピアノから様々な質感の響きが紡ぎ出され、層になり、ピアニシモでありながら豊かな世界になっていく。
神がかっている。
私自身これまであのようなピアニシモに惹かれ学んできたので、プレトニョフの凄さに呆然とする。
難なくサラサラッと触れているけれど、超絶技巧。
プレトニョフが更に進化しているだけでなく、私もまた聴く耳が育ち、更に凄さを感じられるようになったのだと思いたい。
ピアノは愛用のSHIGERU KAWAI、調律は山本有宗さんなのかな⁇(アルゲリッチのコンサートでも調律されている)
違う方かな⁇
いずれにしても素晴らしい調律師さんだと思う。
その信頼あってのプレトニョフのあのタッチなのだと。
あのピアノを触らせてもらえたら…自分が触ったらどんな音がするのだろう?幻滅しそう
ミューザ川崎シンフォニーホールも、プレトニョフの響きにあっていると思う。
久しぶりのプレトニョフ。
更に想像を越えてきた。
耳も心も満たされ、至福の時でした
See you





