皆さん、こんにちは。

臨床心理士のAiです。

いつもありがとうございます。

 

さて、今日は愛着について

私の体験も含めてお話していきたいと思います。

 

皆さんは生まれて初めての愛着形成は

うまく行った方でしようか?

愛着とは、多くの場合、その母親や、

主な養育者との間に築かれる、

安心できる信頼関係や絆のことを指します。

 

それが子どもたちにとって

受け取りたい形で愛情や絆が差し出されなかった場合、

その愛着形成は脆弱なものとなり、

その後、他者との人間関係を築く上で

様々な葛藤を生んだり、心理的負荷を感じやすい状態と

なると言われています。

 

心理的負荷は

躁的防衛(妙に明るすぎたり、楽観視しすぎるなど)や

自虐的、刹那的な行動となることもあり、

一貫してこんな感じ、とは言えませんが

 

生きづらさに繋がる事が多いですね。

 

ここでのポイントは

 

子どもが

 

「受け取りたい形で」

 

親の行為が差し出されたかどうか

というのがポイントです。

 

多くの親は

親目線で、良かれと思って

できる限りのことをしてきた(方が多い)と思います。

 

しかし、それでも

愛着に問題を抱える子どもは

多くいらっしゃいます。

 

つまり、

同じように育てても、

愛着形成がうまくいく子どもと

そうでない子どもがいるということなんです。

 

ここは注目すべき点であると

私は思います。

 

なので、親のここがダメだった、

ここが良くないと

一色単に決めつけることは出来ず、

 

同じ事をしていても、

親のある行為が

子どもにとっては

 

「毒親」

 

と定義されるような行為となったりするわけです。

 

 

中でも、拘りの強い、

 

「受け取りたい形」である

受け取りレセプター(受容体)の

ストライクゾーンが狭い

 

発達障害の子どもたちなどは

 

愛着形成が

脆弱になってしまう可能性が

高いように思います

 

 

ですので、

親にとっては、

自分の子どもにどのような特性があるのか、

どのような事を望んでいるのか

どのような関わりをして欲しいと思っているのか

 

ということを理解することが大切であるのはもちろんのこと、

 

親自身の特性理解

をすることも大切であると思っています。

 

たとえば、

子どもにとって「良かれ」と思ってしている行為自体が、

親自身の価値観の中での

「思い込み」による対応であるかも知れませんし、

 

子どもにとっては

「受け取りたい形」でない可能性もあります。

 

せっかく

親子としてこの世に生きているのですから、

相手目線を忘れず、

 

「他者理解」「人間理解」

 

が深まるといいですね。

 

 

かくいう私も、

両親との愛着の形成にかなりの

葛藤を抱えていた一人です。

 

もちろん親には、感謝していますが、

 

自分が自分であって良いのだ、

このままの自分で大丈夫、と思うまで

 

不安で仕方ない世界の中から出ることが出来るまで

大人になってからもかなりの時間がかかりました。

 

なので、

親のほうから

何か話しかけられると、

 

「何か、嫌な気分になるような、何かが起きるに違いない」

 

という気持ちが先だっていた程です。

 

もっと正直に言うと、

「人は怖いものだ」

という先入観が常にどこかにあり、

 

特に、人に頼るとか

甘える、といったことが

ずっとできずに居ました。

 

このあたりが私の中で解消されてきた経緯など、

また別の記事でお伝えしますが、

 

でも、この葛藤が

私自身の社会的自立を促した

貴重な要因になったことも事実です。

 

過去に囚われる生き方から

「今、ここ」にフォーカスし、

全てを許すことや受け入れること、

どういう状態であっても、その相手を認めること

も学びましたし、

 

全ての経験があって良かったと

今はそう思えます。

 

それでは

長くなりましたが、

 

皆さんの幸せを心から応援しています。

 

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