さて皆様、大分更新出来ておりませんでした。申し訳ありませぬ。
これからガンガンまいていきますので宜しくお願い致します。
江戸時代を通して最も影が薄いお方がこの徳川秀忠かもしれませぬ。
だってなにやったか教科書には書いてなかったりしますしなあ・・・。
そんな秀忠ですが実は江戸時代を通して最も改易を行った将軍であるそうな。
外様大名を23家改易しているというのだから凄まじいばかり。
その中の大物が福島正則で御座いましょう。
城を勝手に改築した、との咎で50万石もの土地を没収されてしまいました。
そんな秀忠はかなり律儀な性格だったらしく、勇猛果敢というよりは知性の光る秀才タイプだったようで御座います。
政治面では武家諸法度、公家諸法度といった法律の整備や娘を後水尾天皇に嫁がせるといった朝廷政策を行うといった幕府の土台固めを着々と行ったので御座います。
秀忠は1623年には将軍職を息子の家光に与え、自分は大御所として将軍を後見するという家康のやり方に倣った制度を敷いたそうな。
そんなこともあってどうしても生まれながらの将軍・徳川家光の陰に隠れがちなんでしょうなあ・・・。
しかして、秀忠が造った土台が、後の幕府の礎となった事も否めないのではないでしょうか。
話者 大宅世学