なぜ、私が子供主体の子育てに目覚めたのか。




 

 


いろいろな育児本を読んでみましたが


その中でもこのダイウィズゼロの本の影響が大きい。




今やりたい事をする。



やりたい事を先延ばしにするな。






そんな感じの本ですが、



子育てにも当てはまるかなと。




例えば、


親が子供のやりたい事を無視して、


この子の将来の為に!と言う名目で


全てを管理コントロールするのは良くないかなと。





子供「ゲームしたい」→親「勉強しなさい」


みたいな。




子供「スイミングしたい」→親「公文、ピアノしなさい」




親がさせたいことをさせる。



将来の為にと言って、親がその子に良かれと思ってその子の人生を選択する。



全て親に管理、選択された子は、



親のレールに乗り本当に幸せなのか。



子供と言っても違う人間である以上。


幸せは人それぞれ。


親が選択して決めてはいけないと感じる。




ましてや、指示待ち人間や自分の事を決められない主体性のない人間になってしまわないかと感じる。






そう感じて、



私は子どものしたい事をサポートする事にした。




今やりたい事を今した方が嬉しいだろう。




先延ばしする人生、我慢して生きて欲しくない。




今、我慢して大人になってしたい事をしたとして、



あの時に感じるであった感動と大人になって味わう感動は違うものだろうし、



若い時ほど、喜びが大きいものである。




純粋に私は、子どものキラキラした初めての感動や喜びを一緒に共有したい。




誰かに言われてする事よりも、


自分で本当にやりたいと思ってした方が、



学びや喜びが大きいものだと思うから。





初期の頃は、私は子どもに良かれと思って、



英語のテレビや音楽をかけたり、


ピアノの習い事をさせたりした。



無理強いはしていないが、

管理コントロールするのは疲れたし、




結局、子どもがしたいと思ってやっていないことは何一つ身にならなかった。




英語も、ピアノもあまり伸びなかった。



好きになれば上達したかもしれないが、好きにはなれなかったようだ。



なので、無駄な時間とお金の投資であった。

(失敗からの学びはあるが)



雄一、長女が自分からしたいと言った公文は上達が早かった。




今は子供がしたいと言ったスイミングに通わせる事にしたが、



好きこそものの上手なれと言う言葉がある。



これから、どう上達していくかが楽しみである。