一年中耳の奥で蝉がジージー鳴いてるけど、

今年は本物の蝉の鳴き声をまだ聞いていないような・・・

それは耳が遠くなっただけなのか、

それとも蝉も梅雨明けを待っているのか

 

そんなんで、今日の俳句鑑賞は「蝉」です

ネット上に蝉を詠んだ句がたくさんあったので、

ちょっと多いですが8句選ばせていただきました

 

幼児体験からか蝉を見ると鳥肌が立つ方もいるようなので

以下閲覧注意でお願いします

 

 

 

ヒペリカムでワンクッション

 

 

 

 

 

 

蝉殻を ぬぎつつあれば セミヌード

 

八木健

八木健俳句集   201509

 

オヤジギャグ? グラサン

 

 

 

 

 

 

 

羽化終へて 蝉しばらくの 青雫

 

湯橋喜美

沖 200001

 

羽化したばかりの蝉は薄緑色、目は真黒 キラキラ

 

 

 

 

 

 

 

生の意味 死の意味蝉の 殻は殻

 

小澤克己

遠嶺 200610

 

空蝉は過ぎ去りし時の抜け殻、もぬけの殻 真顔

 

 

 

 

 

 

 

蝉の殻 草の穂先の 先知らず

 

山田六甲

六花     20110

 

「しまったこんな低かったのか」と気づいて焦った蝉 アセアセ

 

 

 

 

 

 

 

一蝉の 鳴きやめばまた 昼しづか

 

橋本榮治

馬醉木 200110

 

古池や・・・シーン・・・

ペアリング成功か、それとも場所替えか キラキラ

 

 

 

 

 

 

 

落蝉の 指にすがるを あはれみぬ

 

尾崎恭子

雨月 200309

 

地面から拾いあげた動かぬ蝉をそっと木に戻す にやり

 

 

 

 

 

 

 

 

落蝉や 垣間見し世の 如何ならむ

 

城下明美

ぐろっけ  201012

 

キミはちゃんと役目を果たせたかい、おつかれさま ほっこり

 

 

 

 

 

 

 

蝉取るに 骨折せし猫 入院せり

 

高橋洋子

濱     200210

 

着地失敗、もうちょっとダイエットしようね 笑い泣き

 

福田氏のことを調べているうちに、若かりし頃に読んだ本の記憶が蘇ってきました

その本の名は新田次郎著の「孤高の人」です

 

モデルとなったのは実在の登山家だった加藤文太郎

加藤氏は近代登山の黎明期に、当時では珍しい異端とも言える単独行で多くの積雪期登攀記録を残しました

 

今とは比べものにならない簡素な装備で雪中ビバークを重ね長距離を登破する、そんな不死身の男でしたが、1月の厳冬期に槍ヶ岳北鎌尾根に挑み、猛吹雪に閉じ込められ31歳の短い生涯を閉じたのです

 

福田氏が加藤文太郎のことをどれほど知っていたかは分かりませんが、奇しくも二人は同年生まれでした

福田氏は登山家としては遅い34歳での山岳デビューでしたが、加藤文太郎の遭難に心動かされるものがあったでしょう

 

そして、福田氏は結婚して子供に恵まれ、やがて次男が逞しい登山家に成長していくのです

父としては内心嬉しくもあったでしょうが、その最愛の子が26歳の時に奥黒部で帰らぬ人となりました

 

さらに、加藤文太郎が生れた兵庫県美方郡近傍の城崎郡に生まれ、数多くの前人未踏の偉業を成し遂げた植村直己43歳でマッキンリーに消えてしまいました、今もなお・・・

そんな若くして亡くなった山男たちのイメージが重なっていきます

 

山で遭難するのは街で交通事故にあうより確率的にははるかに低い

とはいうものの気象条件や登攀条件のハードル高いほど危険度は上がる

それを承知で挑むのが山の魅力に憑りつかれた登山家の心理状態であり

万が一、山で命を落とすことになっても本人に悔いはないのでしょう

だけど、残された者の哀しみは大きい

 

福田氏は奥黒部で遭難死した次男の追悼句「秋風挽歌」と、それまでの句作活動の業績により1970年第4回蛇笏賞を受賞しています

少し長くなりますが、その時の受賞のことばを「角川文化振興財団」HPより引用します

 

受賞対象は「秋風挽歌」他とのことである。

もし息子がゐたら「よかつたね」と話しかけ記念に山へ出かけるかと地図をひろげて歓談したことであらう。もし健在だつたらこんなこともなく、人知れず体力の許す限り黙々と山を歩み続けてゐたであらう。

別に手引きをしたわけでもないが、次男だけが山のグループに加わり、いつの間にか体験と体力をつけて山男に生長し、頽齢の身ではついて行けなくなつた。

何度か行を共にしたアルプスの最も楽しかつた山々が、今では最も悲しい憶ひ出につながる。

受賞の喜びが大きければ大きい程悲しみが深い。山を愛する私にとつて、そこで息子を失ふほど悲惨なことはない。

山行は私にとつて体当たりの人生であつた。厳しく美しい季節の摂理の最も純粋な造化と出会ふ詩心昇華の場でもあり、生の証の場でもあつた。

俳句は無常観の詩であるとも言はれる。

知識として理解しても、現実に遭遇すると、人間のいとなみの総てが虚しく、ただ無常迅速を痛感する。生涯の苦悩に直面し、呼んでも谺のない寂寥を自分の為に記しておきたかつた。

岳友達が黒部に花束を流し、ケルンを積んで山の歌を合唱してくれた。人知れず書きとめた文字を認めて、その愁を頒ち励まして下さつた方々にも岳人の心が通ふ。その感謝をどう表現してよいか言葉もない。あの崩壊の現地を踏んで霊に報告したいと思ふ。

 

秋雲一片

遺されし父

何を為さん

 

福田蓼汀

 

 

 

以下に本日のおまけみたいになりますが、前回の残りの写真をベタ貼りします

花の名はGoogleレンズに依りましたが間違いがあるかもしれません

 

ジャコウソウ

 

ショウキラン

 

スダヤクシュ

 

ソバナ

 

タケシマラン

 

チングルマの果穂

 

ツルニンジン

 

トリカブト

 

ナナカマド

 

ハクサンコザクラ

 

ハクサンチドリ

 

ハクサンフウロ

 

フキユキノシタ

 

ベニバナイチゴ

 

ミツバオウレン

 

ミヤマアカバナ

 

ミヤマコウゾリナ

 

モミジカラマツ

 

ヤグルマソウ

 

ヤナギラン

 

ヤマハハコ

 

ヨツバシオガマ

 

ワタスゲ

 

 

前回は季語「夏の山」関連のたくさんの句を読ませてもらいましたが

どちらかというと、下界にいて詠んだと思われる句が多かった中で、

福田蓼汀さんの句は登山家でなければ詠めない実体験が光っていたので

どんな人なのか気になって少し深堀してみました(wiki資料他)

 

ふくだりょうてい、1905~1988

山口県萩町生まれの俳人、登山家

父は陸軍中将、母は「ホトトギス」の俳人であった福田無声女

 

34歳での八ヶ岳登頂を皮切りに各地の山々を踏破

後に山岳俳人の第一人者との評価が定着

64歳の年に次男が奥黒部で遭難死

69歳で日本の3000m峰全山を踏破

句集は43歳から82歳で亡くなった翌年までの7冊、他に随筆が3冊ある

 

最後の句集(遺句集)「神の山仏の山」は、無常観の翳りを深めつつ、

殊に句帳最後の句は命終への予感を漂わせるとの解説あり

 

神の山仏の山も眠りけり

 

 

以下にネットから拝借した福田蓼汀さんの数点の句を紹介します

 

日と月と左右に未明の縦走路

 

雲海の音なき怒涛尾根を越す

 

岸壁の亀裂千島桔梗もて埋め

 

山下りてすぐ山を恋ふ十三夜

 

髭白きまで山を攀ぢ何を得し

 

 

火打山で撮った花の写真がありますので参考まで載せてみます

花の名はGoogleレンズに依りましたが間違いがあるかもしれません

 

写真の編集技術がないのでベタ貼りします

全46枚のうち前半23枚です

興味のない方はすっ飛ばしてくださいウシシ

 

 

アオノツガザクラ・青の栂桜

 

アキノキリンソウ・秋の麒麟草

 

イワイチョウ・岩銀杏

 

イワオトギリ・岩弟切

 

イワカガミ・岩鏡

 

イワショウブ・岩菖蒲

 

ウメバチソウ・梅鉢草

 

オオカニコウモリ・大蟹蝙蝠

 

オオバタケシマラン・大葉竹縞蘭

 

オオバノヨツバムグラ・大葉の四葉葎

 

オオバミゾホオズキ・大葉溝酸漿

 

オニシモツケ・鬼下野

 

オニノヤガラ・鬼の矢柄

 

オヤマリンドウ・御山竜胆

 

キヌガサソウ・衣笠草

 

クロトウヒレン・黒塔飛廉

 

コオニユリ・小鬼百合

 

ゴゼンタチバナ・御前橘

 

コバイケイソウ・小梅蕙草

 

サラシナショウマ・晒菜升麻

 

サンカヨウ・山荷葉

 

サンカヨウの実

 

シシウド・猪独活

 

後半へ続く

上越地方で地元の山といえば「妙高山」

昔は登山口最奥の燕温泉に前泊して夜明け前から登り始める学校登山がありました

今はどうなんでしょう

引率の先生の負担が大きすぎるからもうやってないでしょうね

 

社会人になってからも夏に妙高山には何度か登りましたが、

隣の「火打山」の初登頂は遅かったです

火打山は登ってみると体力的には妙高山より少し楽だし

見どころや高山植物の種類が多いのが気に入り

それ以降、夏山登山はもっぱら火打山になりました

 

その火打山の登山道からの景色と花の写真を何回かに分けて紹介します

 

今日の俳句は「夏山」関連から選ばせていただきました

 

 

笹ヶ峰から登り始めて樹林帯を抜けて視界が開けた

そして初めて目に飛び込んでくる火打山に歓声

 

 

天矛の

滴りの山

みな青嶺

 

山口誓子

 

天矛(天沼矛・あめのぬぼこ)は日本神話の国生みに用いられた神器

 

 

平たん部を過ぎてあとはひたすら頂上を目指すだけ

どうか晴天が続きますように

 

 

 

 

 

 

 

ハクサンコザクラの群生地

石の配置はまさに神さまの造った庭園

 

 

お花畑

山霊嶺々に

棲み給ふ

 

福田蓼汀

 

山に宿る精霊は風、光、花といった自然の姿を通して語りかけてきます

 

 

「天狗の庭」のハクサンコザクラの群生

 

 

 

 

 

 

 

田んぼにも見える「高谷池」の池塘

三角屋根は宿泊できる高谷池ヒュッテ

 

 

夏山や

二三枚の田を

頂に

 

前田普羅

 

尾瀬沼はスケールが大きすぎますが

新潟県では苗場山頂の高層湿原も有名です

 

 

「天狗の庭」の池塘、正面に見えるのが火打山

 

 

 

これは妙高山ルートの「黒沢池」と池塘群

 

 

 

 

 

夏山は

遠く見るもの

祈るもの

 

加藤峰子

 

今年は山登りやめてドライブにしとくか

と言ってもう何年経つのかアセアセ

楽する事ばかり考えないで自分の足で歩かないとダメですね

 

頂上はすぐそこ、もうひと頑張り

 

 

次回は火打山の花特集ですニコ

 

いつもの道を軽トラで走っていると

早生の稲に穂が出始めたのが見えました

コシヒカリもあと一週間もすれば出穂期を迎えます

 

昨年の七月は全く雨無しで今頃は雨乞いの毎日でしたが

今年は適度に降ってくれて稲は今のところ順調に育ってます

 

昨今の日本列島の天候は平年並みが珍しくなってしまって

異常であることが普通になりました

水稲だけじゃなく農作物全般一か八かの神頼みの時代です

 

季語「青田」は6月27日に鑑賞しましたが

改めて読み直してみて今日の気分で再度5句選んでみました

 

俳句に優劣をつける立場にはない素人ですから

17文字の描く風景をその時々のひらめきで楽しませていただいてます

 

 

 

 

 

青田風

本籍ありし

村に入る

 

奥田弦鬼

風土 200309

 

 

 

 

 

 

 

母に蹤く

歩幅の記憶

青田波

 

湯浅夏以

遠嶺 200410

 

 

 

 

 

 

 

良性と

若き医者告ぐ

青田風

 

 鏡山千恵子

帆船 200410

 

 

 

 

 

 

 

青田風

優しくなれば

すむことも

 

甲斐のぞみ

百鳥 200510

 

 

 

 

 

 

 

そうめんと

もう決めている

青田道

 

坪内稔典

稔典句集Ⅱ 200804

 

 

 

こちらの梅雨明けはまだですが、暑さは夏本番になりました

自分の部屋にいる時は窓全開、上半身裸で扇風機だけでしのいでいましたが、

さすがに耐えきれずに月曜日に初めてエアコンをつけてみました

 

ん~、やっぱり快適、極楽じゃ~音譜

 

テレビをつければ連日熱中症警戒アラートが出てるし

もう若くはないのだからやせ我慢はするべきじゃないですね

 

実家の山の家はそれなりに涼しいのですが(エアコン無し)

近辺でもう少し標高の高い避暑地があります

 

その「笹ヶ峰」は標高1,300mだから気温は8℃くらい低い計算になります

過去写真ですが、せめて写真だけでも涼し気な景色をお届けします

 

今日の一句も読んで涼しくなるようなのを選んでみました

 

 

 

高原の

風身に添へる

半夏かな

 

恩田秀子

 

 

 

 

 

 

クレソンの

花賑やかに

忘れ水

 

 角田良子

 

牧場の中ほどに湧き出す「宇棚の清水」

水温は年間を通じて6℃

写真の白い花は自生するクレソン

 

 

 

 

 

岩魚棲む

渓流よぎり

馬柵(ませ)はあり

 

 福田蓼汀

 

 

 

 

 

 

したたりは

歯朶に飛び散る

清水かな

 

夏目漱石

 

 

 

 

 

 

夏木立

深き処池

あらんとは

 

正岡子規

 

宇棚の清水が流れ込む「清水ケ池」

 

 

 

 

おまけ

 

笹ヶ峰には散策やトレイルランニングの拠点となるグリーンハウスという施設があり、2階のレストランで食事ができますニコ

 

「グリーンハウス」名物のジャンボステーキ

国産和牛300gを食べて夏を乗り切ろう もぐもぐモグモグ

 

前回の投稿で石垣に生えてる百合を鉄砲百合と書きました

 

で、今日見たら咲いてました

ヤマユリゲラゲラ

 

 

何年も見てて分らんのか

と呆れられそうですが、興味が無いということはそーゆーこと

 

 

謹んで訂正させていただきます笑い泣き

 

 

おまけ

 

今日も暑いニャーオッドアイ猫

 

ブログネタがなかったので山の家で写真を撮ってきました

今頃はもっぱら田んぼや屋敷周りの草刈りをメインにしつつ、あれやこれや思いついた作業をしてます

 

 

今日はジャガイモを掘って作業小屋に仮置きしました

もみ殻が結構入っていて土が柔らかかったか規格外のデカいのが多かったです

まだ葉が元気そうな株はあと一週間くらいほおっておきます

 

 

行者ニンニクのタネを蒔きました

三列の右側が一昨年の発芽苗

真ん中と左のもみ殻を被せてある部分は去年の蒔いた場所

ほとんど発芽しなかったので、再度蒔いてみました

 

 

庭の草刈りをしました

今年はネジバナが多かったので半分くらいは残して、種を飛ばします

 

 

何も手をかけなくても花は咲きます

後ろの刈込はユキヤナギとコデマリ

伸び放題だったのを大幅に切りつめました

剪定が遅すぎたから来年の花は期待できないけど

 

 

ツツジは花が終わった直後に剪定しました

直径2m以上あったのを鋸も使って50㎝くらい小さくしました

ツツジは丈夫だから太い枝からも芽が出てすぐに復活します

 

 

黒松の剪定途中です

ツツジもそうですがこの松も雪囲いはしないので枝が下がって雪国仕様の樹形になってます

頭の左側、雪折れの欠損部を徐々に修復中

 

 

おまけの鉄砲百合

5年ほど前に石垣の隙間から突然百合らしい植物が出てきました

何処から種が飛んできたのやら、居心地が良さそうで年々巨大化してます

移植しようにも球根が取れないのでそのままにしてますが、いつまで頑張れるか

毎年、種を採って増やそうかな・・・

なんて思うだけで何もしてません

 

 

ということで(どーゆーこと?)

今日の一句はありません ウシシ

 

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今年も高田城址公園の「観蓮会」が来週の18日から始まります

高田の夜桜は本数が多いので有名ですが、蓮も結構な面積なんですよ

 

でも、そもそもなんで蓮なのか、その理由は・・・

以下、上越観光Naviより転載(上のパンフレットも)

 

明治4年、高田藩は戊辰戦争と大凶作による財政難に苦しんでいました。それを打開しようと、戸野目の大地主・保阪貞吉(初代の津有村長)が自身の財産を投じて、お堀に「れんこん」を植えたのが始まりです。れんこんは昭和37年まで採取されていました。

昭和28年、蓮の研究で知られる故・大賀一郎博士が訪れた際、「蓮池の規模の大きいことは世界でもまれで、特に紅白入り交じっているのは珍しい」と激賞しました。それを聞いた市民が“東洋一”と語り伝えて現在に至ります。

 

ちなみに面積は19haもあるので、一周するのはやめた方がよろしいかと思います

暑い盛りだから人気のない蓮ですが、どうしても見たい方は涼しい早朝がお勧めですね

 

ということで、早朝の公園での写真と俳句のコラボをお届けします

(似たような写真ばかりですみません)

句はいつもの「俳誌のサロン:歳時記」とアメブロより7句選ばせていただきました

 

 

 

日輪の芯もつ蓮の花開く

橋本順子

槐 201610

 

見えない花托が光を放っているイメージ

 

 

 

 

 

命得て日の白蓮の眩しかり

安藤ヒサ子

河鹿 200506

 

あぁ・・・生きててよかった

 

 

 

 

 

三尺の鉢が浄土や蓮ひらき

松本三千夫

末黒野  201609

 

遊歩道には鉢植えの蓮も並んでいます

 

 

 

 

 

天上に風あれば散る蓮の花

保坂加津夫

いろり 199908

 

風もないのに花びらを散らしたのはだれ

 

 

 

 

 

み仏の光宿すか紅はちす

山野俳子

俳子歳時記 202505

 

夜が明けて静かに花が開き始めた

 

 

 

 

 

蓮花の名残りの岸も朝の雨

小澤克己

遠嶺     200610

 

華やかな時を過ぎた今も美しい蓮

 

 

 

 

 

束の間の片道切符蓮の花

元橋孝之

京鹿子 202111

 

帰りの切符がないのは生あるものの定め

 

過去の写真ですが釣り人を撮ったのがあったので

季語「鮎」の俳句を鑑賞してみました

 

かつて、鮎釣りが解禁されると川沿いの料理屋さんに行くのが楽しみでした

炭火で焼いた熱々をハフハフ言いながらかぶりつき

冷酒をグビリと流し込む

ぷはー五臓六腑にしみわたるぜ 飛び出すハート

 

 

写真は「鮎や」さんよりお借りしました

 

そんな至福のひと時は過去のことになってしまいました

今は断酒中の身なので 笑い泣き

ノンアルでは何を食べてもイマイチだから

一汁一菜とは言いませんが簡素な食事で十分です

(それは単に歳をとっただけかい) 

 

私は食べるだけで釣ったことはありませんが

現場を通りかかった時は車を停めて釣り人を眺めていました

 

たぶん、やってみたら面白いだろうな

ハマるんだろうな

でも元はとれないんだろうな

なんて思いながら

 

今日はそんな「鮎」から五句選んでみました ニコ

 

 

 

黙々と鮎釣人の気負ひかな

 

橋場美篶

末黒野 201110

 

 

 

 

 

鮎釣の半身霧の中にあり

 

 戸栗末廣

空 202304

 

 

 

 

 

山水の一景となり鮎釣師

 

栗田武三

ぐろっけ 200909

 

 

 

 

 

釣人の時止まるかに鮎の川

 

三橋玲子

末黒野 201004

 

 

 

 

 

轟々と渦巻く魚梯鮎のぼる

 

東野鈴子

雨月 200507